シリスにとって僅かな一時に感じられていたのだが、どうやら思った以上にあの不思議な紋章屋に留まっていたようだ。
 まるで外と中との時間の流れがまったく違うように感じられる。
 黒塗りの扉が静かに閉められた瞬間に、あの甘い香りも微かな酩酊感も一瞬のうちに断ち切られてしまった。
 瞬間聞こえてくるのは耳に馴染んだ遠くに聞こえる小波の音と人々の賑わいだった。
 屋根と屋根の間から遠くに見える空は既に赤く、夜の気配すらも感じられる。
 シリスは振り返ることも無くゆっくりと元来た道を辿りだした。
 そろそろ交代の時間に差し掛かることもあり、シリスは歩みを止めることなくまっすぐに寮に向かった。





 支度を済ませ時間ぎりぎりにやってきたシリスに同僚たちが珍しいと笑い、フォローするように背を叩く。
 彼等に笑みを返した後にシリスは同じシフトのメンバーが集まるグレンの元へと向かった。
 ノックに対する返事の後に素早く部屋へ入るとシリス以外のメンバーは既に集まっているようだった。
「最後はシリスか。珍しいこともあるものだ」
 皆シリスが幼少期から時間厳守を躾けられている事を知っている。それ故に物珍しい顔をそれぞれシリスに向けていた。
 もちろん騎士団長グレンもその一人だった。
「遅くなり申し訳ありません」
「いや、まだ時間は過ぎては居ない。・・・あの紋章屋に行って来たみたいだな」
 それなら仕方がない、グレンの言葉に彼自身や訳を察した者達が笑みを浮かべたようだった。
 彼等もこの不思議な感覚を味わった後なのだろう。やはりあそこは時間の流れが違うらしい。
 むしろ同じ世界であるのか?そんな違和感さえ抱かせてしまう不思議な場所なのだろう。

 和やかな雰囲気が終わる頃、グレンが引き締まった表情をして部屋に集うメンバーを見回す。
「さて、今日は以前から予定していた森の討伐任務となる。A班は予定通りの見回りと警戒、B班はギルドで募った者たちと連携して魔物の巣を叩く」
 調査から森に住み着いた魔物の数が予想を大幅に上回っていたことが発覚し、急遽ギルドに協力を依頼しそれゆえこの討伐任務はしばらくの延期を余儀なくされていた。
 ギルドのメンバーの選抜も終わりついに今日が決行とされていた。
「ギルドからのメンバーは既に森の入り口に待機しているので速やかに合流する。詳しくはその後話そう」
 グレンの言葉に一同頷くとシリスたちは最終チェックを終えた後に森に向かった。

 ラズリル海上騎士団とその名の通り、シリス達が在籍する騎士団の管轄は基本海上にある。外敵からの攻撃進入を阻止するためなど主には防衛を目的に構成された団体である。
 有事の際以外はそれを重きにおいて行動する。
 本国のほうにも陸上を管轄とした騎士団があるのだが、最近はどうも火種が多いらしく、問題の森も海上騎士団から目と鼻の先、ということで今回の任務がこちらまで流れてきたわけである。
 まあシリスたちに取っても街に隣接するかのような森はまさしく自分達の庭のように考えていて、今さら鼻持ちならない余所者などに踏み荒らさせるのは勘弁だと喜んでこの任を受けたのだった。






 普段は穏やかな森だが、既に日が暮れてしまった森は鬱蒼としてむせ返るような植物の青臭いにおいに満ちていた。
 集まった男達を警戒してか鳥の鳴き声一つしてこない。
 日中ともなれば小鳥がさえずり小動物が駆け回る森だ。
 入り口付近では近隣に住む人々が薬草を摘みに来たり子供達が駆け回っているなども良く見る光景だ。
 その場所には現在一時の拠点となるためのテントが建てられている。
 灯火が掲げられ、武装した男達が真剣な面差しで顔を付き合わせ張り詰めた空気が漂っていた。

 ギルドのメンバーとの顔合わせが済んだ後、改めて班毎に固まって計画を立てることとなった。
 討伐隊となるB班に組み込まれたシリスは面々の顔をゆっくりと眺めた。
 騎士団から15人、ギルドからも20人ほどの腕に覚えのある男達が派遣されていた。
 B班の中でもまた細かく班分けがされ、騎士達の指揮の元魔物の巣を目指すことになる。
 騎士団員、ギルド員ともにそれなりの経験を積んだ兵が揃えられているためほとんどがシリスよりもはるかに年上の男達ばかりの中、集められたギルド員の中の一人だけがシリスと同じ年頃のまだ若い青年だった。
 目を惹いたのは鮮やかな青。
 青年の上着はそこにあまりにそぐわない鮮やかな青に染め抜かれていた。
 ほんの少しシリスに届かない背丈は、向かい合って立って見た時柔らかいブラウンの瞳がやや下にあるのを見たときに気づいた。
 体つきもシリスとはそう変わらないが背に背負った弓を見て、引き締まった体をしているのだろうと想像がついた。
 整った顔立ちをしていて、理知的な面差しの中にどこか悪戯好きそうな子供らしい一面が伺える。
 観察するようなシリスの視線に気づいた彼は、怪訝そうな顔一つ見せずに笑みを見せた。
「騎士団の奴だろ」
「ああ、」
「年近いの、お前くらいだな。俺はテッド」
 テッドと名乗った青年は目を細めて笑顔を浮かべ、シリスに向かい合い手を差し出してくる。
「シリスだ。よろしく」
 手を取りながら、シリスも名乗るとテッドはまたにんまりと笑った。

 愛嬌のあるその笑顔に、
 まるで悪戯盛りの猫みたいだ。
 シリスは心の中で小さく呟いたのだった。





騎士団がどーたらっていうのはもちろん捏造ですw
20121126


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ページは作成してあったというのに長い間放置・・・というか忘れ去っていました(汗


 

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