この夜に出会う
どこまでも続く夜の草原、さらさらと何処からか水の流れる音がする。
シリスの膝小僧迄とどく青々とした草が脚を撫で、夜の中それは青い、深い色。まるで深夜の夜、浅瀬に立ち尽くしているような気分だった。
もう何度目か。
こんな風に立ち尽くし、空を見上げるのは。
仲間に背を向け旅立った後、そして仲間と共に船を乗り海をもまたぐ戦いの日々。どの日々もこうして、気付けば夜に空を見上げていた。
季節特有の生温かい風、しかしすぐ傍に水辺があるのかひんやりと涼しげな空気を感じる。
夜空には多くの星達が集い、消え、また生まれ。青く、赤く、白く、様々な顔を持ち輝きだす。
星に纏わる伝承は多い。
多くの時間、今となってはこの罰の紋章との付き合いは人間の平均的な寿命を疾うに超えた。
巡る町並みの些細な変化を見るようになり、しかし嘗ての喧騒を思い出させる人々は変わらない。
旅に出たのは何十年も前。もしかしたら何百年?
シリスはもう一人の真の紋章の継承者、青い背中を思い浮かべた。
あどけない顔付きなのに、張り詰めたいつでも機嫌の悪そうな表情。僕を見るたびに少し見上げ、苛立たしげに上目遣いににらむ顔。
思い出すたびに小さな笑みがこぼれる。
しかし、彼は。
この孤独をシリスよりもずっと長く知っている。抗うことも忘れ今もこんな風に立ち尽くし空を見上げているのだろうか。
夜空の一角。
長く道を作るように星達が密集するその名は天の川だと何処かの国で聞いた。
それまでは白い道と思っていたそれは、話を聞くと確かに夜空に流れる白く光る大きな川だ。
古くからその国に根付く伝承によるとそれは、一組の恋人達を隔てるためのものだとか。
引き合わされ、お互いしか見えない彼ら。何をかもを放り出し、ただお互いの為が故に行動し、生きる。
しかし惰性は罪だ。そのために彼らは罰せられてしまう。
二人の恋人達はその仲に大きく流れる川を作られそれぞれ遠くはなれた対岸に身を置かれてしまう。
許しを請うがそれは下されない。
悲しみにくれる恋人達に、天帝は一年に一度。七月七日のその日だけ二人の逢瀬を許したのだ。
ああ、今日がその日か。
だからなのか、そう思うと今夜はやけに星達が輝かしい気がする。
一年に一度の、たった一回のその逢瀬。
しかしシリスにはそれは叶わない。
シリスの会いたいその人は川どころは海の向こう、もしかしたらこの星の裏側かもしれないのに。
終戦後一度も噂も聞かず、顔なんて一度も見ていない。
網膜に焼きつくようなその姿は青い小さな遠くを見るような陰だけで、触れることも触れてもらうことも笑みも何も叶わないものだ。
僕等とは比べ物にならないほど引き離され、僕等には叶わぬ一年一度の逢瀬。
それを今空の上の恋人達が満喫しているのかと思うと、少し嫉妬を感じてしまう。
シリスは顔を伏せ、ざかざかと葉の音を立ててゆっくりと振り向き進む。
夜はいつ明けるのか。
一年一度の焦がれた逢瀬を、きっと抱きしめ笑みを向け合う恋人達のいるこの空の下、ただ一人何処までも続きそうな草原の真ん中にただ一人立つ自分がやけにちっぽけで哀れな存在に思えた。
少し進み、立ち止まる。
空を見上げるが今夜に限って妙に星達の自己主張が強い気がする。こんなにも輝きが強いと勝手が違い星を読むのも一苦労だ。
テッドは近くの街で購入した地図をじっと見つめた。
だだっ広い何も無いこの草原を一晩で越えることは出来ないか。頭の中で溜息を付き、また空を見上げる。
地図と空を何度も読み、少し進んだ。
たしか川があるはずだ。
先日の嵐で水かさが増していると聞いた。
草原にぽつんとある集落のような小さな村の村人から「気をつけるように」ときつく注意された。
いつだってこの未完成の姿は不便だ。
親しみやすい。庇護を誘う。
あいつは、どうだろう。
罰の紋章を宿したあいつもきっとこれから死ぬまで成長とは無縁の生を生きていく。
俺より少し高い背丈が恨めしい。
冷えた無表情の綺麗な顔は、一人で突き進むことの出来る人間だ。
しかし、時折見せる表情は。
崩れそうな笑みはあまりにテッドをかきたてる。
空を見上げた。
伝承では引き裂かれた恋人達の、静かなこの夜は一年にたった一度、逢瀬の夜。
恋人達の歓喜に呼応するように瞬き輝く星達。その白い喜びの光が黒い闇に浸かるこの身にはとても恨めしい。
願いは一度も叶わぬのだ。
会いたい人も、触れたい思いも、言いたい言葉も。全て叶わない。呑み込むしかない。
ひたすら駆け抜けた。
祝福に輝く光を背に受けそれを避けるようにただただ走る。
ざんざん鳴る川の流れる音が、耳を打つ。
意識の反響は目前に迫る涼しげな音に近づくにつれ大きくなる。
川の向こう、夜の下。
そこに見覚えのある背中を見つけた。
さらさら細い髪が揺れている。
踏み出した足が水に触れた。
隔てる川が・・・・・
水が跳ねた。
パシャン・・・
不意の水音にシリスは素早く振り向いた。
パシャン。
いつの間にか水辺まで来ていたのか、かかとに水が触れた。
気にせず素早く剣を抜き、遠く水音の聞こえた方に構えながら見据える。
これは幻か。
焦がれた青の衣を纏った、その姿を見た。
「テッ――――― 」
ド。
声は不意に消えた。
駆け出そうとするがしかし、流れの速い水流が防ぐ。
その流れに脚をとられてもただ前へ前へと微々たる前進を。
対岸のテッドも川の水に浸かっている。
「テッド・・・!」
もがく様に前に進み、沈みそうになる体をとにかく懸命に動かす。
すぐそこにいるのに、世界の果てにほど遠いと思った人か、同じ川を挟みすぐそこに。
シリスは夜空を見上げた。
少しは、恵んでくれったっていいじゃないか!!!
心の中の叫びは声になることはなかった。
しかし輝く星は煌々と。変わらず白い光を放っている。
「え・・・?」
幾数の白い光が、だんだんと大きくなってくる。
近づいているのだ、それは大きく羽ばたきシリスたちの方へと降りてくる。
「鳥が・・・」
聞こえるはずのないテッドの呟きが聞こえた。
深い青の向こうから、目に沁みるほどの白い鳥達がやってくる。
それは川へ何羽も何羽も降り、白く輝く川を跨ぐ橋になった。
何の奇跡だ?
二人は一瞬目で交わし、しかし戸惑いは生まれない。
濡れた服が体にまとわり付いて苛立たしい。
しかしかまわない。
身軽な動きで橋に飛び乗り、ただ駆ける。
焦がれた相手はすぐそこに。
いつもは静かなテッドのやけに焦った表情を見て、シリスはおかしそうに笑い、それを見てテッドも驚きの表情を見せる。
勢い良く抱きしめ、そして口付けた。
深い夜の底、轟く大河を跨ぐ橋の真ん中。
長い時を待ち再び出会う恋人達は、言葉も零さずその身を抱き合う。
これは天上の恋人達の恵みか。
白く瞬く橋の上、柔らかく髪を撫でる手の動きにシリスは擽ったそうに笑い、一言言った。
「会いたかったよ」
「俺も。」
七月七日その夜に。
ただ一度、恋人達は会い見える。
2007.7.7七夕 了
朝起きてはぁーーーっ!と思い書きました(笑)
テド4は再会話ばかり浮かびます
7月7日〜7月8日までお持ち帰りOKです。
まあ誰も居ないと思うけど・・・(卑屈め)
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