II、一日の恋



 森に住むエルフの少年はただぼうっと空を見上げているのが好きでした。
 その日、空から黒い人影が降りてきました。

「君はだれ?」
 エルフの少年は言い、空から降りてきた黒い人影はくるりと振り向き。
「僕は魔法使いの影さ。」
「じゃあ魔法使いはどこ?」
 エルフの少年はまた尋ねました。
「僕は逃げてきたのさ。魔法使いが箒に乗って足から僕を離したその隙に」
「なぜ逃げたの?」
 聞いてばかりのエルフの少年に嫌気がさしたのか、魔法使いの影はまた向こうへ振り向き何処かへ歩いて行ってしまいました。

 エルフの少年はずっとそれを見つめていました。


 また空から、誰かがゆっくり降りてきました。
「やあ君、私の影を知らないかい?」
 やって来たのは箒に乗った魔法使いの若い男でした。
「影だったら先刻そこに降りて来たよ。」
 エルフの少年はちょうど魔法使いがいる真下を指さしました。
「そして何処に?」
「あっちの方に歩いて行った。ねえ、なんであの影は逃げ出したの?」
 エルフの少年は魔法使いの影が歩いて行った方向を指さしながらまた聞きました。
「私の影はどうやら恋に落ちてしまったようでね、隙を見つけてはその恋しい人のところへ行ってしまうんだよ。」

 やれやれと言ったふうに魔法使いは言い、そしてにっこり微笑んだ。

「影は一体誰に恋をしたの?」
 エルフの少年は聞きました。

「それはね」
 魔法使いは言いました。
「あの雲の影さ」
 魔法使いは空に浮かぶ雲を指さし、エルフの少年はその雲を見上げました。

 青い空に浮かぶその白い雲はふわふわと柔らかな曲線を描いており、たしかに優しい女性の形を描いているようにも見えます。
「あの綺麗な雲の影に?」
「そう。あの雲の陰に。」
 うなずき魔法使いも空を見上げました。
「しかしあの雲は一日だけしか此処にはいられないんだ。」
「どうして?」
「雲だからだよ。雲は同じ場所に止まってはいられないんだ。だから少しずつ動いているのだけど、一日もあればこの国を通過してしまう。そしてそれが悲しくてまた姿を変えていくんだ。」
「ふうん」
「だから、一日だけ私の影に猶予をあげようとしたんだけど。その前に逃げてしまったよ。」
 魔法使いは苦笑いをしながらそう言いました。
「ねえ、影を追いかけなくてもいいの?」
「いいよ。多分、日が暮れるころには帰ってくるから。今は彼の好きにさせてあがる。それに彼が帰るところは私一つだから。」
 魔法使いはそう言いました。
「じゃあ、それまで僕のうちに来ない?面白い話、魔法使いはいっぱい知っているんでしょう?」
「まあ、詩人ほどではないけどね。でも本はたくさん読んだよ」
「なら、僕の家でお話を聞かせて?森の中にあるけど、影は迷わないと思うよ。小さな道を森の木の実が照らしてくれるから」
 エルフの少年はそう言い、魔法使いの黒いローブの裾を軽く引っ張りました。
「僕の名前はレリアスだよ。」
「私はマドリガル。」

 エルフの少年はレリアスと名乗り、魔法使いはマドリガルと名乗り、これからずっと先、何百年も続く友人となったのでした。

おわり。


2007.10.26
ラディスシリーズの主要人物二人の出会い
何年も前に書いたのを手直ししたもの
なんかたどたどしい(笑)
 
novel