西条の髪は乾きにくい。
見て分かる通りあの長さだ。
れっきとした男で、良い年をした大人であると言うのに、なぜか腰まで青く光る黒髪を垂らしていた。

俺には理解できん。

薄くも無く一本一本が少し硬い髪質の西条の髪はそらもー呆れるほどにいつまでも水気を帯びたままで、俺はソレを呆れたように見つめていた。

いや、いい。べつにお前の髪が薄かろーが濃かろーがいつまでもずぶ濡れだろうが全く関係ない。

だが、だがな、俺に密着するな!つまりくっつくな!頬を寄せるな!
いい年した大人のくせしてうざい。それに俺がまた濡れるだろうが。

西条に比べて俺の髪は短い。まあ、あたりまえのことだが・・・つい最近まで坊主も真っ青健全生活を送っていた(わけではないが)俺がそんなちゃらちゃらと髪を腰までも伸ばしているはずが無い、狂気の沙汰だ。

今はいつも額に巻いている赤いバンダナは外してある。



こんな現状に陥った訳というのは、言葉にするのもおぞましいことだが風呂場に様子を見に行ったときにバスタブに引きずり込まれたのだ。
ずぶ濡れだ。ふざけんな西条。
と怒ってみてもどこ吹く風という風に、西条はそれはもう鼻歌でも歌いだしそうなほどご機嫌麗しく、俺の背に凭れてきていた。

しばらくしてくると短い俺の髪はすっかり水分を失せたがしかし西条のうざったい、うっとしー、どうしようもない長髪はびしょびしょとずぶ濡れたままだ。
ついでに俺のシャツの背中も気持ちが悪いほどに水を滴らせている。
肌にシャツが張り付いて気持ち悪い。

「おい、西条」

「・・・・ん?なんだい横島君」

爽やかな返答に怒りを覚える。

「いつまでこうしてるつもりだ、っていうかシャツが・・・」
「んー」
「んーじゃねえ!」
間延びした声に堪忍袋の緒が切れかかる。
「もう少しだけ、いいだろう?」
「あのなあ、シャツが冷たいんだよ!お前のせいで。せめてその髪を乾かしたらどうだ!?」
「僕は自然乾燥派なんだよ」
「タオルくらい使えーーーーーっ」

ああ、もう折角。意図せずとは言え湯船に身を沈めて体を温めてきたというのにコレでは湯ざめしてしまう。って言うかもうそろそろ風邪っぴきだ。
「僕が頭にタオルなんて巻いたらおかしいだろう?令子ちゃんたちみたいな女性ならば格好もつくだろうけど」
なんじゃそら。
格好つけるばっかりかおのれは。

「もうすこしだけ、こうしてくれていてもいいだろう?労ってくれたまえ」
笑う声が言う。そして後ろから節の太い大人の腕が回され腹のあたりで交差した。
それは酷く幼稚な束縛の様に感じる。腕に込められた力は微かなものだが、それだけで俺の全てを雁字搦めにして身動きを許さない。
ひどく優しすぎる束縛だった。
その語尾が掠れていることにも気付いていた。
西条は大人だ。
どんなに足掻いてみても、逆立ちしてみたって俺たちのその差を埋めることは出来ない。
いや、それを理解するようになっただけでも俺は昔より少しましに、大人に近づいたのだろうか。

蒼く光る濡れた髪が、背中からぴちゃりと俺を濡らしながら纏わりつく。


いつになったら乾く?
乾くまでこうしててやるから。

背中から包まれる、生温い体温。





濡れた髪って肌にくっつくと鬱陶しいし気持ち悪いよね!って話。
でも我慢してあげる横島クン。優しいなあ(てことは別人だということだ)
20080519