空の色は不思議な青さで、スタンはぼんやりとそれを見上げていた。
 街まであと少しなので、急かす声がやや大きい。
 焦る気持ちも分かるがスタンはただこうやって歩いているほうが楽だと思っていた。




 気がつくと青かった空は、燃えるような赤い夕暮れに変わっていた。
 そよいでいる風も少し冷えてきて、薄着だったスタンの体を冷たい手で撫でていった。
 スタンは自身の体を包むように手で擦り上げ少しでもぬくもりを探した。

 先ほど、と言ってもまだ空がからりと晴れていて陽気が気持ちよかった時だ、その時はまだ傍らに温もりがいた気がした。
 尖った精神や、全てを弛緩させてくれる温もり、存在。
 辺りを見回してみてもそんな存在がいないことは一目瞭然だった。
 真っ平らな草原には隠れられるところなんてありはしない。
 小さな小石の影も見つけることの出来ない草の生い茂るそこに、スタンはたった一人だった。

 確かにいたはずなのだと首を傾げてみても虚しいだけだった。
 居ない者を夢想することは馬鹿げていると考えられて、ただただ悲しいだけだった。



「いい加減にしろ」
 固い声が後ろから聞こえてきて、ばさりと音を立てて頭上から大判の布が落ちてきた。
 かすかな温もりを残した布から顔を出し、後ろを振り返ると毅然とこちらを見下ろしてくる紫の瞳が見えた。
 それは眩しいほどの夕日の光に反射して爛々と光っている。
 その奥底があまりにも計り知れなくてスタンは少し怖い気持ちになった。身震いする。
「いつまでこんな所でだらだらやっているつもりだ?お前の田舎とここは同じ時間で動いている訳じゃないことを知れ」
 厳しく言った後、リオンはスタンを立つように促した。

 立ち上がって草を払い落としたときに気づく。
 白いズボンと布には雑草の汁が染みていた。

 しまった、またルーティ達に怒られる。

 リオンが前を行き、スタンはリオンの小さな背中を隠す赤いマントが揺れるのを見ながら歩いていた。
 それなりに活気の有る街の入り口にたどり着いたとき、空の遠く向こうには暗い色が見えていた。



 この時々胸中に浮かんでくる不安は一体なんだというのだろう。
 いつだってスタンの周りには誰かがいてくれる。リーネにいたときも、そして今、育った村を離れ世界中を股にかけていたって。
 なのにいつも不安になるのだ、それはさらさらの黒い髪が揺れるのを見たときや、白い繊細な手が剣を握っているのを見たとき、そして紫電がこちらを見ているとき。

 リオンがいる。

 彼が自分を置いて行ってしまった、そして自分もリオンを置き去りにしてしまった。
 そんなことがあったような気がする。

 小さな喧騒が遠くから漏れ聞こえるのに気づいて、思考は一瞬でどこかに消えてしまった。
 ああ、夢を見ていたのか。

 カーテンから微かに光が漏れてくるが、真っ暗の二人部屋の光の痕跡は遠い。
 寒くも無い、熱くも無い。
 過ごしやすい温度なのにスタンはなぜか寒気がし、しかし体に掛けられていた毛布の温もりにじとりと汗が浮かんだ。
 それを剥ぎ、ため息と共に足を床に下ろした。
 裸の足の裏からひんやりとしたものを感じてスタンは重い息を吐き出した。

 ゆっくりと立ち上がり、部屋の反対側の壁にそっと置かれているベッドのふくらみを見つめた。
 黒髪がちらりとシーツの隙間から見えて、そのふくらみはゆっくりと上下している。
 ただ寝息は聞こえてこないので本当に眠っているかどうかは分からない。
 しかしまじめなリオンのことだ、こんな夜更けにはもう本格的に寝入っていることだろう。
 物音を立てないように、静かにリオンの寝台の傍らに行き、その尖ったような白い横顔を見下ろした。
 スタンをさいなめるような紫水晶の瞳はいまは白い瞼が下ろされ黒い睫に閉ざされている。

 そこに、本当に彼が居てくれるのだろうかとスタンはいつも不安になる。
 今もそんな不安がおぞましいほどに恐怖を掻き立てる。スタンはゆっくりと手を伸ばし、そっとリオンの白い頬に指を滑らした。

「ここに、いるよな」

 胸中で呟いた言葉はそのまま口を零れだしていた。
 怯えた無様な震えた声はしっかりと部屋の何処にも響き、それは気配に聡いリオンの眠りを覚ますものに十分のものだった。

「邪魔だ」


 開口一番、さすがに不機嫌なのだろう。
 リオンは一言スタンを見上げながらそう言った。
 細められた紫の目がスタンを見上げ、それにスタンはびくりと震えた。
 怖い、悲しい、そんな感情が渦巻いてくる中、しかし根付く感情は歓喜でそれはじわりと全身に波紋を作っていく。

 なにを怯えているのか、そう問う顔でリオンはスタンを見上げた。
 シーツの隙間から白い腕が伸び、スタンの相変わらず垂らされたままの金髪を掴んだ。
 それはベッドの中でぐしゃぐしゃに乱れ、微かに柔らかかった。
 普段よりも手触りがいいのは久しぶりにちゃんとしたシャワーを浴びて丹念に手入れをしてみたからかもしれない。

 リオンの力のままにスタンはベッドの上に落ちる。リオンの上。


「どうした?」
 言葉と同時に首に腕が回り引き寄せられる。
 頬と首筋に軽く口付けをされてスタンは心身共に安堵に弛緩していくのが分かった。
 触れていると、こんなにも落ち着く。
「寂しくて、」
 そう呟いたあと、唇を塞がれた。
 温もりがだんだんと爆ぜそうなほどの熱に変わり、それはやがて溶けて交じり合いそうなほどになった。
 喉を鳴らすとそこに噛みつかれる。
 辿る手の感触に震え、脳髄に甘い痺れが走った。


 でもその紫の奥底に、なぜこんなに確実に別れが見えてくるのだろう。



 それでも、いや、それだから。
 スタンは与えられる感触にうっとりとしながらも、たった一欠けらの理性で、それとも根底にある本能で、リオンと片手を繋ぎ合わせた。
 痛いほどに強く握り合ったその繋がりは何よりも信じられる。

 今度こそこの手を離さずにすみますように。



二週目スタン
記憶は無いけど微かな感情を覚えている・・・とか
萌えるな・・(相変わらずの大暴れ
リオスタはなんとなく色っぽくしたくなります(笑)
背景画像は素材サイトNEO HIMEISM様からお借りしました
背景画像のお持ち帰りはそちらのサイト様からお願いします
20090129