アズュールブルー



ざんざん鳴る。
波が荒れていた。

港に停泊している船は全てがきっちりと太いロープで首を絞められ大人しく繋がれている。

海や空が青く晴れている時は元気に海を掻き分けるように進むけど、今の従順な姿からは想像も付かない。

かくいうぼくも彼等と同じで、見えないロープは街の中で一番大きなお屋敷に住む偉い人の手まで垂れていて、首には見えないけれど苦しくない程度に絞められた首輪かロープの結び目があるはず。

ぼくも飼いならされている子供の一人。
ちっぽけなぼくにはもちろん大きな船ほどの価値などありはしないのだけど。

現実逃避をしてみる気は無いのだけど、波の音以外に音が聞こえてこない港を通るとさすがに変な気分になってしまう。
港には誰も居ない。
まさか船を放って置いている?と言うわけでもなく、街の人々はそれぞれの家に、警備は詰め所に、乗組員は船内に。
年が明けるその瞬間は、なぜか誰もここにいない。
同じお屋敷で働いている爺さんに「年の変わる瞬間には、今までの時間を食べようとする魔物が海で口を開けているんだよ」と聞いたことがある。
たしか日付が変わる瞬間でも同じたとえを聞いたとこがあるからそれは夜の海に子供が近づかないように作った御伽噺のようなものなんだろう。

でもその話を本気にする子供は居る。
まずはぼくがお世話しているスノウ様。っていうかぼくは彼にまるでおもちゃにされている気がする、彼はぼくの意思があるかないかは関係ないのだから。絶対的な主の子供なのだから。
そして、捨て子だと、海から流れてきた魔物の子供だとぼくをからかう子供達。
ぼくが抗うことを知らない彼等は無邪気に、または悪意に満ちて、魔物が本当に口を開けて待っているのか見てきてごらんとぼくに言った。

スノウ様は好奇心が旺盛だ。
魔物の話に不思議なものを好む子供特有の好奇心をつんつんつっつかれ、そして子供達にそそのかされた。
スノウ様は自分で探検してみたいけれども、夜の、しかも年末の深夜に屋敷を抜け出すことなど出来るはずがない。
それにその日はお屋敷では街の有権者達を集めカウントダウンをして新年が明けた瞬間からそれを祝う宴に突入するらしい。
スノウ様は父親にくるくる連れまわされて抜け出す隙はまったく無い。

だから、お願い。
と、スノウ様はいつもみたいに明るくぼくに言った。

魔物が本当に居るのか、見てくれば、皆に勇気があると尊敬されるんだよ。

そんな子供の笑顔に屋敷を追い立てられてしまった。


ぼくはほんの少し困りながら港をとぼとぼ歩いた。
物音の無いそこは本当に不可思議な何かが潜んでいそうで恐ろしい。
でも、なにもいない、とぼくは知っている。
信じている。



遠い黒い空と海を見つめていると、それが深くて濃い紺であることに気づいたときだった。
背を向ける「人」を見つけた。

その色を見た瞬間、ぼくは息が詰まってしまった。

なんて、青。
まるで空のようで、そんな空の下の海のような、眩しいほどの青。

くすんで褪せた色ばかりに慣れていたぼくにはその青さは目に沁みるほど衝撃を与えた。


背中は小さかった。
海から来る風にその人の体に巻いた服と同じ青の布がばさばさと音を立てながら揺らめいていて、時々体と髪を覆っていた。
その布の動きに目を奪われていると、その視線の先の人はゆっくりとこちらを振り向いた。

その瞬間にやけに海が凪いだ気がした。

地面を踏む絞めているブーツは少しの物音も立てない。
まるでぼくとは違うまっさらな場所に立っているようだった。


振り向いたその人も子供だった。
でもぼくよりもずっと大きな子供。
背も、顔も、肩も、腕も、手も、足も。
全部ぼくよりも大きくて、でもぼくの知る大人の人にはないあどけなさ。
短い髪は蜂蜜のようなくすんだ色で、風に揺れる様は秋の草原のようにさらさらと揺れていた。
髪と同じ色の瞳はその奥にかすかに鳶色が見える。

静かにぼくを見つめているその表情は、やけに色が褪せていてぼくが知るどんな大人達よりも落ち着いて、そして寂しそうなものだった。

「お兄さん・・・?何をやってるの?」

その瞳がぼくを見ていることが分かったから、ぼくは小さくその人に聞いてみた。

「海を眺めながら、これから行く道を考えていたんだ。」
お兄さんの声は声はとても静かだ。
「旅人なんだね?」
ぼくの言葉にお兄さんは切なそうに笑った。

「お前は何でこんな時間にこんなところに居るんだ?」
「魔物を探しに来たんだ」
「魔物・・・、だと?」
瞳を細めたお兄さんにぼくは慌てて説明する。
「本当に魔物が出るわけじゃないんだ。年が変わる時に、海に古い時間を食べる魔物が出るって伝説があって、スノウ様に言われて探しに来たんだ」
ぼくの説明にお兄さんは合点したように頷いた。
「それで、ここには人が居ないのか」
「うん。大人の人たちもこの日ばかりは家に居るんだ」
「でもお前一人でこんな時間に外に出すなんて、そのスノウ様ってやつも何考えてるんだ?」
「スノウ様は一人で外になんて出してもらえないから、だからぼくが代わりに」
そうか、とお兄さんは頷いた後、また海を眺め始めた。

「お兄さんは、どこへ行くの?」

聞いたぼくにお兄さんはただ静かに笑った。



「ぼくは、親が居ないんだ。海から流れてきたのを拾ってもらって、領主様が引き取ってくださった。」
「スノウ様ってのはその息子ってところか」
ちいさく呟くように話し出したぼくをお兄さんは横目で眺めて、そのまま話を聞いてくれた。
「この日の海に来たら、両親が見つかるような気がしてたんだ。人の居ない、不思議な夜に、不思議なことが起こってもおかしくないって。ぼくが海から流れてきたなら、ぼくの両親は魔物に食われたのかもしれない、もしかしたら、ぼくは魔物の子供なのかもしれない。」


お兄さんは静かにぼくを見下ろしていた。

「そんなふうに、考えてしまうんだ」

だから、スノウ様の頼みと言えこんな日の夜に港に来てしまった。



「それともお兄さんが魔物なのかな、ぼくを迎えに来たの?」
ぼくの言葉にお兄さんは切なそうな顔をしてぼくにまた振り向いた。
そんな顔をするから、ぼくは望んでしまうのかもしれない。
「どうだろうな」


「ごめん、なさい。魔物なんて言って、ごめんなさい」

思わず出てしまった言葉の後に来るものは、いつも後悔ばかりだ。
震える声で謝るとお兄さんは屈み、ぼくの頭を撫でてくれた。
グローブに包まれる手から感じる髪を撫でる動きはひどくぎこちない。

「わからないぞ?本当に魔物なのかもしれない」


お兄さんはにやりと笑ってぼくを見下ろしていた。



しばらく二人で深い色の静かな海を眺めていると、遠くから小さな声が聞こえてきた。
それは聞きなれた屋敷の使用人たちの声で、姿の見えないぼくを探しにやってきたらしい。
きっとスノウ様に聞いて港にやってきたんだろう。

「あ、」
「呼んでるみたいだな」


だんだんと近づく声に、ぼくはそちらにそわそわと顔を向けた。

「お前はもう帰れ。どんな場所であろうと、帰れる場所があるんならそこに帰るべきだと思うぜ?」

切なそうな声でお兄さんが言う。

「じゃあな、今度は攫って行ってやるよ」

からかうような声の後に、ぬくもりがぼくの髪を擽った。

「お兄さん?」


振り向いた先には、


あの眩しいほどの青と、切なそうな秋草の色は無く。

ぼくは一人、海を眺めていた。







それから幾年も過ぎ、僕はあの港から遠く離れた海の真ん中にふらりと漂う小船の中に居た。

からりと晴れた青空を寝そべりながら見上げて、深い青に時々ちらつくあの眩しい青を思い出していた。

あの時僕を攫っては行かなかった、寂しそうな魔物を見つけた気がした。
そしてその魔物は今や僕の身にも巣食っている。

今度会ったら、僕から攫われてみようか。

それとも攫ってみるのもいいかもしれない。

ねえ、テッド。
僕たちたった二人ぼっちの魔物になってみるのもいいかもしれない。




     +++

明けましておめでとうございます!
昨年は様々な方々にお世話になりました
今年も何卒よろしくお願いいたします!
新年を迎えられたことへのお祝いと皆様へのお礼の意を込めて・・・

新年初の更新は幻水小説でした!
年明けてから一週間以上の大遅刻、もうしわけありません;;
読んでみて「んん??」と思った方も居られると思います・・・
この話の時期列は年末・・・
ええ、書き始めたのは年末でした・・・しかし相変わらずの遅筆のための年明けうp(吐血
ああ、今年の初土下座ですね・・

フリーだというのにちょっと好き放題し過ぎてしまいましたよね;;
捏造通り越してひどい妄想です
しかも最初は子4たまはてっつんにがっつり攫わせてしまおうとか良くない方向endの予定でした
いかんいかん、と軌道修正
ちなみにテッドは霧の船と現世をふらふらしてたりと妄想
なので存在があやふやで確かに魔物と捉えられてもおかしくない感じ(笑)
ああ、なんかまた止まらなくなってきた

相変わらず締まりの無い管理人ですが、腐塔をよろしくおねがいします(笑顔)

背景画像は素材サイト七ツ森様からお借りしました
画像のお持ち帰りはそちらのサイト様からお願いします
20090111