#4
!暴力表現があります。
夢見が悪い。
朝から嫌な予感はしていたのだ。
夢見が悪い日はこれと言っていいことも無ければ、どちらかと言うと気分を沈ませる事柄しか起こらない。
あの日の朝もそうだった気がする。
あまり覚えていないけど、朝起きたぼくの機嫌は最悪で。
だから、初めて一人で屋敷の外に冒険しに行った。
ぼくは―――――――
「若様!?」
驚愕の声が店に響いた。
その声さえにもぼくは怯えた。まるで自分がわからなくなった。突然の発作に自分のことなのにぼくは驚き、思考は停止していた。
何が起こったのかわからないのは他の人たちも同じなのだろう、みんな驚愕の表情でぼくを見ていた。
その目も、こわい。
手とか、大人とか、皆、なぜこちらを見る。触ろうとする。ぼくを見て何が楽しいのか。
「リチャード!!」
やだ。
「やだあーーーーーーーーーーー!」
両手で耳を押さえた。自分の身を覆うようにもしたかったが、今はそれよりもこの音が耳障りだった。
底知れない恐怖に、また一段と恐れが募る。
全部拒絶して、それとも拒絶されているのはぼくか。それ故に拒絶されているのか。
光など差さぬ暗い部屋。
じめじめと空気の悪い狭い部屋に、ぼくは一人投げ捨てられていた。
両手は後ろに回され荒い目のロープできつくくくられていた。懲りずに何度も抵抗して暴れたせいでロープの硬い麻が擦れて傷を作っている。
引きつるような痛みに顔をしかめても、誰も治療なんてしてくれないし、この拘束が解かれることも無い。
ぼくは囚われ、朽ちるのを待つのだろうか。
翳る自分の本能を感じてそのことに畏怖を覚えた。
ただ、自分の知らない場所を、世界を知ってみたかっただけなのに。
気がつくとぼくは見知らぬ男達に体の自由を奪われ、馬車に押し込まれた。がたがたと酷い揺れにぼくは疲労と嘔吐感を感じていた。
歯が上手くかみ合わずカチカチなって、それが耳の置くから脳に浸透する。カチカチがたがたがた・・ぼくの目の裏をチカチカとくすぐる。
「いい気味だな、デーデマンのお坊ちゃん」
男達の一人がそう言った。ぼくの胸ぐらを掴み上げ、至近距離に凶悪な顔が見えた。酒臭い息にまたもひどい嘔吐感を感じ、首元も締め付けられているため今度こそ嘔吐く。
「は・・ぁぅ・・」
「貴族様の馬車の様に乗り心地が良くなくてなぁ、俺達みすぼらしい民はこんなボロ車がお似合いなんだろう?」
自分の目前にある濁った目がにやりと細められた。
いつの間にか意識を失ったぼくが次に目を覚ますとそこはこの暗い、狭い部屋だった。
窓は締め切られ、黒いカーテンがひかれていた。換気がされていないんだろう、空気が酷く汚れていて腐ったようなにおいがした。
気がついてもこの状況に混乱し、一時放心していた。時々外の方から喋り声や柄の悪い笑い声が漏れていて、風が壁を打つ音が聞こえる。
それ以外はぼくのやけに大袈裟な呼吸音で、時々はっと意識を取り戻しては自分の存在を感じることに無意識に涙を流していた。
「な、なんだよ・・これ・・」
出した声は喉が渇いているためかひしゃがれていて、風邪を引いたときのようながらがらの声に驚愕した。
時間の感覚が掴めないまま転がっていると、ガチっと錠が開く音が聞こえ木造のドアから男が入ってきた。馬車に自分を押し込んだあの濁った目をしている男だ。男の背後から微かに光が漏れこんで、それに目を焼くような痛みを感じた。
「目が覚めたかい、坊ちゃん」
男はにやりと言い、ぼくの目前に膝を付いて見下ろしてきた。男が持ってきたランプに部屋が照らされ、淡く全貌が見える。狭い倉庫のようだ。ガラクタが乱雑に置かれていて埃が積もっている。
「ご機嫌いかがかな?デーデマンの坊ちゃん」
男は笑い、上からぼくのほほをぐりぐりと手で押した。
「くぅ・・」
「どうしたんだ?普段はうんざりするほど饒舌なのになあ、今は借りてきた猫の様に静かだ。」
ちがう。ぼくは強奪されてきたんだ。
「それとも、下々と話す口はないってことかあ!!!」
いきなり激昂した男はまたぼくの胸ぐらを掴み上げ、壁に向かってぶんっと投げ出した。壁に勢い良く背中が当たり鈍い打撃のような音がぐわんと頭に、体中に響いた。
あまりの痛さにぼくは声も出せず息を詰めることしか出来なかった。
「へえ、壁にぶち当てられても一言も漏らさねえとは、教育が行き届いてるんじゃねえか」
男はにたりと笑い、立ち上がりぼくを高みから見下ろしている。
光が届かないのかぼくから男の顔は陰って見えず、しかし瞳に反射する濡れた光がゆらゆら揺れるのは分かった。
びゅんっと風を案じたかと思うと、男の足が勢い良く入り、ぼくはまたもその衝撃で壁に背中を強かに打ちつけられた。
「ひっ」
「ほらどうした、貴族といえどお前だってただの子供だろう、泣けよ!」
男は狂ったように笑い馬鹿にするようにぼくを見下げた。
泣いて、堪るものかと思った。しかし、熱いほどの激痛に生理的な涙が浮かび、それが沁みて余計にぼくは涙をこぼした。
抵抗も出来ずに転がりながら男の暴力に屈して耐えている自分が、なんだか良く分からなくなってきた。なぜ、こんな目にあっているのか。
自分の位置づけが酷くあやふやで、なぜ蹴られるために存在しているのだろうと自問自答していた。
「わかんねえって顔してるな」
「う・・」
声が出ない、体を動かすことも億劫だったがなんとか頷くことができた。
「だろ?金持ちは、わかんねえんだよ。俺達、搾り取られる下々の気持ちがな!」
「あぁっ!」
また打撃を暗い、今度こそ目の前が揺らぎ意識が朦朧としてきた。
「お前、このまま蹴られ続けて死ぬかもな。」
「・・・っ・・」
「俺の妹も死んだぜえ、こんな風に、蹴られて、犯されて、金持ちに弄ばれて死んだんだよ」
死、んだ?
「命は、金じゃどうにもならねえってことを、教えてやるよ坊ちゃんよお」
ぼくの目前には、そういうものが迫っているのか。
視界の外れからゆっくりと近づき、この男みたいに手を広げて引っ張るのだろうか。
「ほら、珠のお肌があざだらけだ」
喉で笑いながら男が言って、埃と汗に汚れたシャツを裂いた。
暗い、狭い、よどんだ部屋。
ぼくはここで朽ちていく。
2007.5.13
回想だけの4話目
デーデマンに痛い思いさせてしまいました・・
次からはちょっとずつ明るくしてきます