#1


 セバスチャンがデーデマン邸にやってきたのは、ぼくが12歳。セバスチャンが15歳。
 冬が近づく、13年前の秋のことだった。



「息子、新しく奉公に上がったロード・セバスチャンだ」
 父が嬉々として連れて来た少年をぼくは見上げた。
 上背のある父と一緒に居るせいか平均的な身長の持ち主だろうにロード・セバスチャンは小柄に見えた。
 やや長い艶やかな黒髪から覗くのは健康そうな肌色、そしてまるで洗練された芸術品の様に美しい美貌だった。
 ぼくは無表情だが美しい彼に見惚れ、あいかわらずこの父の趣味には恐れ入る。と考えた。
 実の子供のぼくから見ても父は度を越す変人、と言うより変態で、美しく愛らしい少年が趣味なのだ。よく自分がこの世に生を受けられたものだといつもぼくは思っている。
 家柄のせいか、ぼくが生まれたのはもしかしたら義務の産物なのかと日々考えることもあるが、両親を見ていると二人の間には確かに絆があるのがわかるし、お互いがお互いに愛情を持って接しているだろうことは簡単にわかる。
 ただどちらも放任主義で、母などはよく家を空けて遊び歩いている。それを気にしないのはどうかと思うが結局は二人好き放題することにしているらしい。子供から見ればけっこう応える親だが、生まれた頃からこの調子だ。慣れというものは恐ろしい。
 父が屋敷にお気に入りの少年を招きいれることは今まで多々あったことだが、その少年達に比べいまぼくの目の前に居るロード・セバスチャンは異彩を放っていた。  顔付きはどの美少年にも劣らぬ、と言うより今まで訪れた美少年がまるで翳んでしまうほどの美貌だ。しかし纏う空気に彼らのような甘ったるいものも溌剌としたものも無く、それはまるで触れれば切れるナイフのような鋭さを感じた。
 じっくりと観察するぼくをロード・セバスチャンは一瞬見ただけで興味を失せたように顔を伏せた。
「お前達も歳が近いし、とりあえずしばらくは彼をお前の側に置くことにするが、いいな?」
「彼を?」
 父の言葉にも、父とぼくの視線の応酬にもロード・セバスチャンはどこ吹く風かと無関心を装っていた。
「息子をよろしくたのむよ、セバスチャン!」
 ぼんっとセバスチャンの肩を叩き、父は大きく笑った。
 一瞬顔をしかめたセバスチャンはぼくを見て、初めてその口を開いた。
「よろしくお願いします。デーデマン様」
 父と同じ名でぼくを呼んで、彼は頭を下げる。その声は硬質だが想像通りの響きのよい少年の美しい声だった。

「よろしく。セバスチャン」
 ぼくは彼の前髪から覗く深い青の瞳を見て、挨拶を返す。
 彼のぼくを見下ろすその瞳は、凍えるほどに冷ややかなものだった。


 セバスチャンと過ごすようになってからの日々、ぼくらはほとんどの時間を共有していたが、これと言って親しくなる兆しが現れることは無かった。
 父が気を使ったのかセバスチャンの部屋はぼくの部屋の隣りに設けられ、お互いが部屋に籠もらぬ限り、またはぼくが父と共に社交場に行く以外ほとんどの時間を共有しているというのに、セバスチャンからぼくに感じるものといえば冷ややかな義務感で、それは十代の子供にはとても似つかわしくないものだろうと思った。
 どれだけ共に過ごしても、彼は自分に対して一切何も口にしなかったし、ぼく個人に対して何も言わない。ただ時々質問をしてくるとすればそれは世間一般の情報のやり取りやセバスチャンの知ることの無かった(らしい)上級階級の常識だとか、他愛の無い言葉の応酬だけだ。

 ぼくは一瞬だけ期待していた。
 この屋敷では見かけない歳若い、少年。ぼくより少し年上であるこの少年をもしかしたらまるで兄の様に接し弟のように接してもらえるような関係になるのではないかと。
 それは出会った翌朝にいきなり脆くも崩れ去ったのだけれど。

 朝一番にあんなしかめ面を見せられてしまったら、誰だって途惑うし、不愉快だと思う。もちろんぼくも。
 適当に挨拶を交わした後に、朝食(無言)勉強(無言)昼食(無言)etc・・とくればもう取り付くしまも無いことに気付いてしまう。
 ただぼくは、彼をずっと見つめていることしか出来なかった。
 物憂げな瞳が瞬く瞬間が来るのかもしれない、その口角が微かに上がり笑みを形取る瞬間を見ることが出来るのかもしれにい、そんな希望をなぜか拭い去ることが出来ずにいた。

「ねえ、セバスチャン。」
「何か?」
 猫背でテーブルにひじを立て御曹司の子息にしてはあまりにもだらしないぼくを見て、セバスチャンは眉間に皺を寄せた。いつもの仏頂面にかすかな色をのせている。
「いつもと違う顔、初めて見た。」
 何を問おうか、そんなことはなんだかどうでも良くなった。
 かすかなその色が、なんとなく自分に対して彼が気を許してくれたような気がしたのだ。
「なにも、いつもと変わらないでしょう。」
「そんなことないよー。いつもより眉間の皺が多い!」
「デーデマン様があまりにもだらしが無いからです。もっと姿勢を正してください」
 めんどくさそうに言う。
 
「ねえ、セバスチャン」
 ぼくは彼に満面の笑みを向けた。
「なんでしょう?」
「ぼくのことは、リチャードと呼んでくれよ。この家には他にもデーデマンが住んでいるんだよ?」
「リチャード・・」
「そう、ぼくの名だよ」



    2007.5.5
     見切り列車発車しましたー
     何も考えてません。
     デーデマンの名前はもちろん捏造です。



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