二日月



 三日月よりも細いそれはまるで鋭い猫の爪のようで、まるで触れた途端に肌に一本筋の傷を作りそうなものだった。
 引っ掛けるように、するりと傷を滲ませる。

 その血を嘗め啜って。

 まるで空に居る狩る者みたいなものなのだろうか。


 そう言えば、と秋良は自分の指の先を見つめた。
 この前亨と会った時に、彼は秋良の手を見つめて言っていた。

「爪伸びてるな。猫みたい」

 笑みを含んだ、出会った頃よりも低くて落ち着いた声でそう言って。
 何が面白いのか微かに口元を歪め、瞳を細めて笑っていた。

 自分こそ、
 君の爪だって、まるで少女の様につやつやとした爪は一般男性よりも伸びている方だ。
 そしてそのイタズラするような表情や、しなやかな体や行動は、君こそ猫みたいだ。

 秋良は小さく笑いながらそう言ってやり、少し目を見開いた亨を見てまたいっそう笑った。

 でもそんなところも大好きなんだと。
 それだけは心に秘めておいた。


 高校で亨と初めて会ってからまさかここまで仲が続くとは思っていなかった。
 彼は聡明で美しい目鼻立ちをしているなんとも目立つ少年で、交友関係も華やかなものだった。
 秋良自身もある意味奇特な存在だったらしいが、しかしそれは亨のそれの足元にも及ばないものだと思っている。

 高校を卒業した後、秋良はしばらく実家から大学に通っていたが年頃の所為なのか、それとも少し距離のある学校に思うところがあったのか一年の半ばの頃に思い切って家を出ていた。
 信用はあるのか、少し惜しまれつつ両親からはすぐに許可をもらうことが出来た。ただ難関は両親達よりも上の二人で彼らを説得するのは少々骨が折れた。
 いくつかのルールを設けられ何とか二人の説得が住んだころには夏が過ぎた後で、暦はいつのまにか秋。
 ああ、まだいた。
 渋っていたのは秋良の兄と姉だけではなかった。
 ある意味最大の難関は外に。

 ちょっとした世間話で家を出ることにしたと言うと、亨と裕次郎はそれはもう飛び上がるほどに驚いていた。
 二人ともとっくに一人暮らしを開始して満喫していたくせに、秋良のことになると両親と兄達以上に首を大きく振り反対しだしたのだ。

 話を聞いてみるとまるで年頃の娘を持った親のようなことをまるでマシンガンの如くまくし立て、秋良を丸め込もうとする。
 それをまーまーとやんわりと押さえ込み説得には3日かかった。
 やっと納得させたかと思うと、亨達は何故か強硬手段に出ていた。

 二人のその結託みたいなものを知ったのは引越しの終わったその日、と言うか直後のことだった。

 荷物を解き終わり、手伝ってくれた兄と姉、それから他の友人達が帰った後、秋良はいつまでも寛いでいる二人に目をやった。
「お疲れ様、疲れた?結局二人とも最初からずっと居たもんね?」
 昼に買い出しに行ったときに買っておいたペットボトルを起動したばかりの小型の冷蔵庫から取り出して二人の前の小さなテーブルの上に置いてやった。
「夕飯、食べてく?蕎麦だけじゃ物足りなかったでしょ?」
 秋良だけが話している。
 おかしな空気には気付いているが、なんとなく口を動かして改善へと持っていこうとするのはなんだかんだついた癖なのだろうか。脳裏でうっすら考えていると、じっとこちらを見つめてきていた亨と目が合った。

「亨・・・?」

 姫の役職を終えてからの数年で、亨たちはその頃とは比べ物にならないんじゃないかと思えてしまうほど美しく成長していた。少女のようだった背は成長期に兄を越しそうなほど伸びた俺とあまり変わらない。ほんの数センチ低いくらいでもしかしてそろそろ追い抜かれてしまうんじゃないかとハラハラした。
 裕次郎はあの頃と同じように髪を伸ばしたままでまるで時々ふざけたように大人の女性に変貌したように見えてしまうことがあるが、普段はどこか男臭い感じだ。
 容姿はどう見ても女性的に近いのに、彼の気質がそう見せているのだろうか。

 そして、亨は。

 秋良の呼びかけに、亨はまるで清楚な花が綻ぶように笑って答えた。
 小さく首をかしげた拍子に切り揃えられた髪が軽く首を撫でている。染めていない柔らかい黒髪は艶やかで緑に光っていた。
 少女のような、しかし嫣然とした笑みに俺はどきりとして急いで視線をそらした。
「簡単に何か作るから待っててね」
 早口にそう言って秋良はふいと振り向き狭い台所に向おうとした。
 食材は昼に買出しに行ったときに少し仕入れてある。それに母が作って持たせてくれたおかずもある。なんとか今は三人分の夕飯に足りるだろう。明日のことはあまり考えたくない・・・けれど。
「それよりさ、秋良」
 亨の静かな声が引きとめた。
「亨?」
 その声は普段より硬質なものだった。
 髪と同じ黒い瞳は時々光が当たると同時に淡い緑に瞬いた。

「ねえ、秋良。俺達まだ一人暮らしを認めたわけじゃないってこと、忘れてない?」
 座ったままで亨はそう言って立ち尽くす秋良を暗い表情で見上げる。長い前髪から覗く瞳が虚ろに見つめている。
「秋良は人が良いから、すぐに騙されちゃいそうで怖いんだよね。」
「そんなことないと思うけど」
 曲がりなりにも、高校時代は切れ者と言われていた秋良だ。それなりに警戒心も持っている。
「でも、お前もし相手が困ってる風だったり、女の子だったりすると絶対ガード緩みそうだろ。」
 頼られることに慣れているとそう言う時に困るよな、と少し渇いた笑みで亨は言った。
 横ではやはり真剣な顔をした裕次郎がうんうんと頷いている。
「二人ともちょっと過保護すぎるよ?」
 困った風に笑った秋良をちらりと二人は見上げ、はあ、と溜息を吐いた。
「ちょっとこっちおいで」
 手でこいこいとされて秋良は軽い気持ちで亨達の隣りに座り込んだ。
「ほら、」
「え?」

「こんな簡単に秋良は動いちゃう」

 そう言って亨は秋良の胸をそっと押し、後ろに居た裕次郎は床についていた秋良の右腕の手首を優しく引きバランスを崩した秋良はゆっくりと床に仰向け転がった。
「え?」
 何?と口に出す前に、覆いかぶさる影に秋良は口を噤んだ。
 ぱさりと黒髪が擽り、間近に綺麗な亨の顔が近づき息が止まるような気がした。
 幼い頃からあの美形家族に囲まれて生きてきて、なぜか学校でも端整な顔立ちの面々に囲まれ。美形と言う物に慣れきっていたと思っていたが甘かったのだろうか?
 それともこの不穏な状況下の所為か、鼓動が忙しなく息苦しいほどだった。
「俺達はもうちょっと先だと勝手に想定していたんだ。こんな風に秋良が独り立ち・・・みたいな感じになって、可愛い恋人作ったりとかするとかさ。その頃には俺達だって諦めて、覚悟を決めていられると思ってたけど・・・・・」
「ちょっと、早すぎたんだよな。」
 亨の言葉を次いで裕次郎が溜息混じりに言った。
「こんな短い時間で、そんな覚悟できなかったんだよ。俺達。家族と一緒に居るのにも嫉妬しちゃうほどだって言うのに、俺達から遠くで、他人と笑ってるのが許せない」

 え?
 え?

 思考停止したままで、何とか意識を保とうとするのが精一杯だった。
 たしかに自分達は、他人から見ればとても仲が良いと称されるほどの友人関係だろう。
 でも、これほどまでのものだったのだろうか。俺達の間にあるつながりと言うのは、いつの間にか一方通行とは言えここまで密度を上げ、纏わりつくようなものだった?しかもそれをなぜ不快だと、おかしいと思わないのか。

 思考している間にも、亨と裕次郎は焦れた様に秋良に触れてきた。
 頬を撫でられ、髪を撫ぜられ、唇も。指で辿られた後に二人とも順番に軽やかなキスを落としていった。
「・・・っ」
 何度も亨は口付けを繰り返し、いつの間にか裕次郎はシャツの裾から指を腹の上へ滑らせてくる。
 優しく撫でられる事がかえってむず痒い。腹筋がふるふる震えて息を詰めてしまう。
 へその周りをくるりと指先で撫でられる。
「やっ・・・」
「顔真っ赤にして、可愛いよ」
 腹の辺りから聞えて来る裕次郎の掠れているがやけに濡れた声に、より一層熱が集まる気がする。
 そんな秋良の表情を見て亨は楽しそうに笑み、秋良の耳を嘗め上げ耳朶を甘噛みした後に舌先をぬるりと進入させた。
「はぁ・・っ」
 やんわりとしてまるで焦らすような弄りに秋良は吐息を吐きこの状況は一体なんだ?と役立たずになったような鈍い頭で考える。
 覚悟、それって、なんなのだろうか?
 こんなことをするぐらいに、いったい何を思いつめたのか。

「今はいいよ、何も考えなくても。」
 でも、後でじっくり考えて答えをだしてね。と、熱に浮かされながらも考え込もうとしている秋良に裕次郎が優しく言った。
 その裕次郎の手はいつの間にか胸元まで進入していて、柔らかくもむように撫で擦り、乳首を捏ねて優しく摘まみあげてやる。
 その度に秋良は息を詰め、何度か繰り返すうちに瞳が潤んできた。
 流れそうになった雫を亨が嘗め上げ、舌はそのまま頬と顎と滑り首筋を嘗めて擽った。綺麗な指は鎖骨を撫で上げ、そして裕次郎と一緒に胸元を服越しに撫でる。
 秋良は過敏にそれに反応して、喉を鳴らすように小さく途切れた声を上げながらまだ抗おうと弱々しく手で除けようとする。
「な、なんで。」
「ん?」
「なんでこんなこと・・・するんだ・・・よ」
 途切れる声に二人は切なげに笑み、秋良の流す涙を嘗めて拭い、そして優しく頬に口付けた。
「ごめんな、秋良。」

「自分たちでも信じられないくらい、好きなんだ。愛してるんだ。秋良のことを思うたびに、胸が締め付けられるし、秋良の姿を少しでも見るたびに、押さえが利かなくなりそうで怖かった。」
 どちらがそんなことを言ったのか、意識でそれを理解しようとしても、齎される快感がそれを邪魔する。
 いつの間にか二人の行為は一層エスカレートしていて、誰にも触れさせたことの無い領域までに達していた。
 そこを優しく撫でられ、口で弄られ、秋良もいつの間にかそれに答えるように喉を反らして快感を訴える。それを見てどちらかが弱く喉に噛み付いた。
 それに甘く声を出し、胸を喘がせながら、秋良はそんな物なんだろうか、と考えた。
 秋良が彼らに感じていたのは、それはやはり何の変哲もない友情そのものだった。彼らだってそうだったんだろう。しかし、それに執着が生まれ、欲望が生まれ。
 秋良だって、今や二人は特別な存在だった。
 家族の威光を気にせず秋良を向い入れ、秋良も信頼している掛け替えの無い二人。

 今だって、こんな展開になってしまっていても迎え入れてしまっている。なぜだろうか、完璧に拒否しようという意識が全く働かない。

「あァ・・っ」
 苦労して迎えいれた亨が内部で蠢く度に中が擦れ、頭の何処かが焼き切れるように狂おしい気分になり、それを逃すように何度も声を上げていた。
 痛みを、それとも微かにちらつく快感を紛らわすように秋良は左手を亨の背に回し、右手は裕次郎の細い手首をぎゅうぎゅう掴んでいた。
「秋良・・大丈夫?」
 慈しむような声で裕次郎が良い、ゆっくりと首をかしげるように秋良の唇を塞ぎ、深くそこも犯される。
 秋良に掴まれていない方の手は、すでにぐしょぐしょに濡れた秋良の精器を弄る。
 びくびくと体を震わせる秋良を二人は嬉しそうに見つめ、ちくりとした痛みに一瞬身を震わせた。
 亨の背中、裕次郎の手首に走った痛みは、強すぎる衝動に耐え切れなかった秋良がわけも分からずに爪を立てた所為だった。
 曲線の細い傷が、白い肌を破っている。

 それは。

 白濁とした意識で見つめたそれは、三日月のようで、いや、三日月よりも細く鋭い。
 何故だろう。
 恍惚とした意識の所為か。

 秋良はその手首に顔を寄せ、薄い皮膚を破り血の滲み出した傷にそっと舌を伸ばす。優しくゆっくりと嘗め啜った。

 揺すられながら思った。それはやけに、甘い。




 大きく息を吐いて、(その呼吸は震えて恥ずかしいほどの余韻を残していた)秋良は自分を囲んで寝そべる亨と裕次郎の顔を交互に見つめた。
 亨の後に、裕次郎も秋良に優しく押し入り、愛しげにこの身に吐精していった。それにも秋良は恍惚で我を忘れて爪を立てた。
 それをまた、狂おしく嘗める。

 二人と一緒だ、それはどんなに方向性が違うものかもしれないのに、自分だって彼らがいつの間にか特別な存在になっていた。掛け替えの無い、友を超えたものだったのかもしれない。ただ、それに性欲が伴うことは無かったはずだ。

 しかし、困惑はいつの間にか拭い去り、ただただ感じるのは求められることに対する喜びばかりが今は満ちている。

 ああ、そうなのだ。

 いつのまにか、俺も二人に執着していた。


 疲労の中、まどろみながら思い、秋良は二人に無数につけられた細い曲線の小さな傷を見つめる。
 暗い部屋の影の中では良く見えないそれを、じっと目を凝らして見つめていた。

 彼らが体を貪り、自分に向けられた欲を孕んだ愛への応酬、烙印はそれこそ所有しているのだと知らしめているような。

 それは、この手がつけた小さな傷跡。
 それはまるで、猫の爪の様に鋭く、綺麗な、まるで三日月よりもずっと細いその傷の形。


2007.12.3
や、やってしまった!
原作後捏造でしかもエロ・・・しかも3P(ギャー
考えて見ればやってる描写本当に久しぶりだ!年単位で!
ああ、もう恥ずかしい!!
喘ぎ声とかものすごく恥ずかしい!
あたしには無理!!

背景手作りにしてみました。
なんか探すのも面倒臭くて、素材サイト様リンク増やしすぎだろうと思ったんで自給自足(笑)
結構大変なもんですねー
結局イメージ通りかと聞かれるとそうでも無い出来栄えだし。
きっともうやらん



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