宵闇の帳が全てを覆う夜。 白い髪を靡かせた青年が激しく肩で息をついた。 麗しいかんばせは今は恐怖や憎しみ、黒く凝り固まった感情に歪み、自分の足元に倒れ伏す年かさの男を見下ろした。 怯えた、しかし冷えた瞳は感情を感じさせずまるで気が抜けたように見下ろし、そしてふ・・・と振り向いた。 障子の陰に、華奢な女が立っていた。 濡れるような艶のまっすぐの黒髪が胸を背を滑り、身にゆったりと纏った清いほどの真っ白い着物に映えている。 女・・・まだ少女とも言えるあどけない年端の顔付きをしている彼女は、立ち尽くす男と同じくこの世のものかと見紛うほどの美しい顔をしている。 しかし清らかな美貌に浮かべるのは、酷く淫蕩。欲望を駆り立てる絶世の笑みだった。 「月の上・・・姫。」 月の上姫が開け放った障子が、ぱんっと弾けるほどの音を立てた。 振袖がふわりと夜風に舞う。 「月下兄様。」 鈴を転がしたような声が、蕩けるように青年の名を呼んだ。 「お爺様を殺してしまったのですね、」 「この男は、なんだ、俺にとって、そしてお前にとって一体なんだったというのだ」 睨み、静かに激怒する月下を月の上姫はまた笑み首をかしげた。 「あたくし達の祖父ですわ。そしてあたくしたちの父。そして月の一族の血の証の長。」 全ての源なんですわ。 からから笑う月の上姫を、月下はおぞましい物を見るように凝視する。 「月下兄様。お爺様が亡き今、月の血を一番濃く引くのはあたくしたち二人。」 くすくす笑い、月の上姫が両手を大きく差し出した。 白い袖から覗くまるで色の感じないか細い手首が艶かしい。 月の上姫は全てを分かったように、大きな満月を背にして笑みを込上げる。 「月の上姫・・・・・」 「さあ月下兄様、血を交わしましょう。あたくしたちの子供を作りましょう。月を絶やしてはいけないのです。お爺様の教えに従って、さあ契りましょう」 極上の笑みで、月の上姫は熱っぽく月下を見つめた。婀娜っぽい笑みは蕩けるほど妖しく、そしてこの世のものかと美しい。 月下は一瞬瞬きする。 それはまるで過去の女に酷似したものだ。笑みが残像を作り出す。 「月の上姫、」 「なんでしょう。」 「お前も死にたいか・・・?」 右手に持った、いまだ滴る、赤く汚れた刀を月下は無表情で月の上姫に向けた。 「月下兄様。無用です。」 月の上姫は嗤い、刃に頬擦りしその血を嘗めた。 「お爺様の血。これは月の血潮。絶やしてはいけませんわ、月下兄様。さあ」 触れた白い手はなだらかに引締まっている月下の二の腕を撫で上げる。 「さあ月下兄様、月の上が極楽を感じさせてあげましょう」 笑う声は鈴のように、喘ぐ声は鳴くようにしかし悦に酔いしれるその声はなんとも耳を擽り掻き立てる。 「ああ、兄様」 酔いしれ、月の上姫は自分を覆う影を愛しげに撫で、その美しい顔を鋭い爪を立て、引き裂いた。 「ああ、兄様。月下兄様。この血が、あたくしに流れてくるのです。」 赤い血が、紅を差したような唇に一雫。 少女は嬉しく嘗め取った。 2007.9.16 |