目前をとぼとぼ歩く背中を見つけたのは、ただの偶然であったのに。

 だらしなく背を丸めて、歩くその後姿には見覚えがあった。
 またあんなに無様な歩き方をして・・・、そう呟きながら見た背中はよくよく考えると普段以上にへこんでいるように見受けられる。
 どうせまた令子ちゃんに色々余計な手を出して叱られたんだろう。

 口の端を微かに吊り上げその様を想像するとなんて気分がいいことか。

 歩幅の違いがあるためか、微かにこっちの方が歩く早さが早い。このままでは追いついてしまい、顔を合わせてしまいまた騒がしいことになるかもしれない。
 自分が彼の後ろに下がっているという事実は少し腹立たしいが、いま騒ぎが起こるのは煩わしい。
 近頃やけにシリアスな顔をするようになった彼はいまだ見下した感がある西条から見ても人間的に成長したように見える。

 まあ、あんな辛い恋をしたんだものね。

 あの忙しなかった時を思い出し、西条は小さく息をついた。
 世界の平和を背負った、一人。

 まさか初めて対面した自分は、彼がこんなにも心身共に強い人間になるとは思わなかっただろう。


「のわっ、」

 いつの間にか追いついてしまったのか。
 気付かずに彼の細い背を押してしまったみたいだ。
「なにするン・・・・・!西条ーーーーーーーー!てめえ、後ろから不意打ちとは卑怯もんがああーーーー!」
 べしゃっとコケた後、ぶつけたのか鼻を押さえた横島が西条に向って怒り散らす。
「ああ、すまないね。見えなかった」
「嘘つけや、コラァァーーーーーー!」
 口先の勢いは凄まじい。
 しかしなぜか彼は掴みかかって来ること無く、なぜかじりじりと後退し、逃げ出すチャンスを窺っている気配がする。

 はて?

 もっと、歯向かってくればいいのに。
 西条はその物足りなさにまたううむ・・・と小さく唸る。
「あれ?」
「な、なんだ!?」
「君、手首・・・・」
 西条の目線は横島が抱える右手を見つめる。少し気分を害したような顔を見て、横島はしまった、と見るも無残に顔を顰めた。
「怪我をしたなら言ってくれよ?君のことだから放っておく気だったろう?」

 そう言って横島の細い腕を軽く掴みあげた。
「いっ・・・・・!」
 微かな力にも涙を浮かべるほどのイメージを負っていたのか。
 眉をひそめ、咎める様に無言で彼を見下ろす。
「こ、これは・・・・、今転んだ所為なんかじゃねーぞっ!」
「除霊中に負ったものなのかい?」
 そういえば、微かな霊気の名残を感じる。それは小さな淀みで、手首をじわじわと締め付けている。そこにきてさっきの転倒だ。微かとは言い難い痛みを感じているだろう。
 注意深く見下ろせば、やや顔色は悪く・・・栄養失調気味で青い顔をしているのを良く見るが・・・今はそれとも違うものだろう。
 鋭く睨み上げる目はほんの少し涙を浮かべている。
「君ねえ・・・こんなものを放っておいていいと思っているのか!?それでもプロのGSだろう!」
「お前にそんなこん言われる義理はねえぞ」
 ちりりと、火花が散るほど一瞬睨み合い。

 しかしその張り詰めた空気を崩したのは西条のほうだった。
「まったく・・・君はね。そんなことだから、いつまでも令子ちゃん達に迷惑かけてばっかりなんだよ。そんなんで彼女達を守ろうなんて、甘すぎるだろう」
 諭すような、自分よりも上に居る男の言葉を横島は無言で聞いていた。
 そして、ふるりと震える。
「だ・・・、」
「だ?」
「だからなんじゃコラアアアーーーーー!そんなこんお前に言われんでも分かってるわい!!!」
 怒鳴った後に、ゼーハー喉を鳴らしながら息を吐く。

 肩を上下し睨みつける横島を西条は呆気に取られた顔で見下ろした。
 小さな刺激に、これほどかと大きく跳ね返る小さな子供のような、もう大人に上り詰めるこの少年、いや、彼はもう青年だ。
 挫折を知り、手を伸ばしもがき。高見を目指す為にもがき。
 打てば響くような青年は目覚ましい成長を遂げてきている。
 しかし、その本質は。
 いくら傷つこうとも、磨り減ろうとも、変わらない。しなやかなもの。

「君は・・・・あの頃から本当に変わらない。変わらないまま、大きくなっているんだね。」
「・・・・・?」
「初めて会った時と変わらず馬鹿な子供だと言っているんだよ」
 からかうように西条が言い、間髪いれず歯向かおうと口を開く横島を止めるように掴んだままの負傷した腕をくいっと自分の方に引っ張ってやる。
 油断のうちに来た衝撃の所為か、横島は体ごと西条の方へ大きく引っ張られた。
 顔の近くに掴み上げた自分のものよりも小さい、しかし骨ばったその手首の患部を、西条はちらりと見つめた。
「僕が治してあげるよ」

 そう言って彼は、自分を睨み付ける青年を見下ろしながらその手首をぺろりと嘗めた。
 孕む熱を舌に感じた。



2007.9.1
書いちゃいましたGS。
しかも西横です。
とにかく書きたかったんです!!(笑)
なんとなく、横島を認めかけている西条です。
なんか・・・・・甘すぎる


novel