この愛が致死量に達しているのではないかと考えるのは、思考がどこか遠く、たどり着いてくれることもない所をさ迷っているからなのだろうか。

突き上げるそのリズムが、上へ、下へ、上へ、下へ、休みは貰えずに息が弾む。


スタンは汗ばんだ肌をそのままに、ベッドから立ち上がった。
たった一度のことだ。しかし何度も何度も彼は奪った。

一度。そう、たったこの一回と決めた過ちは甘美でどうも手放しにくい。
しかし伸びる片手をもう一方の手で押さえつけて、焦がれる欲望を閉じ込める。
欲しがったのは自分だ、そしてリオンも。

二人は怖ろしく貪欲で、時を忘れて貪っていただけだ。

でも、欲しいのは。

彼がどうだかは知らない。
でもスタンは覆う熱も激しい律動よりも欲しい物がたくさんある。
熱を孕む思考は欲しがることしか訴えない。
青い瞳はうつろに、しかし熱を帯びて沈んだ窓の外を見つめた。

硝子に映る自分の姿を見てしまえば。
我を忘れて狂った饗宴を終えて晒したままのその姿はなんて無様なんだろう。
乱れた髪や、濡れた瞳や火照った肌が。

汚れを拭うことなく、ちがう、拭いたくなかったそれは乾き、ただ汚すだけ。体にこびり付いている。

「馬鹿みたいだ」
いい加減叫びすぎて掠れた声で、スタンは自嘲する。

馬鹿みたいな、男。情けない姿。


快感の余韻が過ぎた後も、青い瞳は濡れたままだった。滴る雫が、立ち尽くした足元、床にぽつりぽつりと吸い込まれ滲み込む。

硝子に映る立ち尽くした自分の姿は酷く滑稽で、自分自身に同情してしまうほど哀れな人間だ。
目を逸らした反動で、輝きを失せたごわごわした金髪が酷く不愉快な感触で首や肩や腹を嬲った。
するりと指から逃げるように滑るリオンの艶やかな黒髪を思い起こすと、情けなさはより一層こみ上げ、嗚咽を飲み下すことに苦労する。
喉がひくりと震え、微かな痛みを生んだ。

ようやく動き出したスタンは、先ほどまで身を包んでいたよれよれのシーツをベッドから剥ぎ取り乱暴に体の汚れを擦っていく。こびり付いたそれは容易に取れることはなく、完璧に拭った後は赤く皮が剥けている箇所もあった。
血は滲んでいない。
薄い皮一枚の空気に触れると走る刺激は想像以上に心をささくれさせてゆく。

まだ身に籠もる熱を感じながらも軽装を身に付け、部屋を急ぎ出た。
時折急ぎ足が駆けるほどになると、受け入れた箇所が擦れ、その疼きに悲しいやら嬉しいやら不思議な感慨を抱く。

スタンは部屋を出た後、その建物からもそっと抜け出し小さな村を脱して近くの森林に向った。
目が翳んでいるせいか、それとも木々の生い茂る葉の所為なのか。とっぷり沈んだこの宵の空に星は見えない。

元々星など出ていないのかもしれない。

何一つ愉快なことなど浮かばない思考で空を見上げながら歩いていた所為だ、スタンは地面がいきなり固い土と生い茂る雑草から深く湛えた水に変わったことに気付かないまま大きな音を立てて泉に身を落としてしまった。

運が悪い。
水に首まで浸かったまま見上げ、身に籠もるリオンの熱や名残がその冷たさに消沈してしまうことに狂おしいほどに惜しい気持ちになる。
この体に残ったものさえ、どんどん奪われていかなければならないのか。

せめて空が見えれば、星が見えれば、この空に出ていれば。
自分にも一つ灯りがともるのかもしれないのに。


一方的に抱いてしまった愛は行き場が無く、この身で死んでいくのか。
その骸がスタンを殺す毒になるのかもしれない。だからこんなにも自分はを恐れ、引き裂かれた痛みをいつまでも孕んでいるのか。


ざくり、と強い茎や葉を踏みつける音が聞こえたその同時に。

「お前は馬鹿だ」

リオンの声がそう言った。



 2007.8.22
 事後。
 年齢制限設けたからちょっと気張ってみました。
 ぷっつりと途切れるような終わり方が好きなんで、こんな終わり方


 novel 愛を召しませ