セバスチャンが外出したのは昨晩のことだった。
急に遠方で問題が起こったとのことでぼくの代わりにセバスチャンを使わしたのだ。

セバスチャンが今日一日、もしくは明日も帰らないかもしれないことに使用人たちは戦々恐々していた。
セバスチャンがいない、それは即ち屋敷が無法地帯になるということだった。
そんな使用人たちの青い顔を見たセバスチャンが下した手段とは・・・・・





[おのれセバスチャンーーーーーーーー!]
手足をフリフリ拒絶するヘイヂをまるで毛糸玉のようにぐるぐる巻きにして落とし穴から下水に蹴り落とすことだった。

そしてそれをあわあわと眺めていたぼくを肩越しに振り返り、

「わかっていますよね?旦那様?」

そう向けられた微笑は明らかにすさまじいプレッシャーやら怒気やら冷気やらを含み、ぼくを脅迫していた。

その後ろには涙でぐしゃぐしゃになった顔で土下座をしながら懇願する使用人たちの姿。

「もーわかったよ、」
ため息を吐きながらぼくは答える。
「今回は大人しくしていることにするよ・・・・・・ヘイヂとの共同開発『ココ掘れ!その為ならば何をも薙ぎ倒して見せよう!3号』のお披露目は次に持ち越しかあ・・」
ぼそり、と呟いた声が聞こえてしまったのか、セバスチャンが刺すような鋭い視線をぼくに向けて、一瞬喜色に変わった使用人達の顔はこの世の終わりかと引きつり蒼白になっていた。

ぼくは彼らの無言の訴えにごまかすように笑った。




セバスチャンが出かけていってから、時間がやけにのんびり流れているような気がする。
のんびり、と言っても穏やかなそれを通り越してこれはもう退屈の域だった。
その上なぜかユーゼフも同じく遠方へ出向いているようで、しかもコックのデイビッドは足りない食材があるからと近くの市場に出かけていた。

ヘイヂもいないし・・・ぼくは書斎で大事な書類である一枚の紙にミミズののたくった様な字でサインをした。
ため息を一つ。

「暇すぎ・・・・・・・・



る・・!?」

小さく呟くと同時に、屋敷が地響きを起こした。その後には爆音かと思うほどのガラガラと瓦礫が崩れる音が。

デスクに手を突いて勢い良く立ち上がり、ぼくは背後の窓に駆け寄り外下を見下ろすがもうもうと立ち込める黒い煙しか見えない。土煙なのだろうか。

把握が出来ない、いつもならばまっさきんセバスチャンが駆けつけて来るというのに今はその助けを頼りに出来ない。
米神から湧き出た汗が頬を伝う。焦りばかりが先走り、この後の行動に出ることが出来ない。
セバスチャンがいないことでこんな障害が生じるとは正直ぼく自身予想外だ。

ここまでに頼り切って依存していただなんて。



ドタドタと乱暴な足音が此方に近づいてくる。使用人の誰かが駆けつけてきたのかと一瞬思ったがその音は重量感があるくせにやけに軽い。そして戸惑いなども感じさせない。

「侵入者?ってことかな」

とりあえずデスクの影に身を潜ませ・・・・・・




「やあ、デーデマン11世殿」

隠れようと腰を屈めたままのぼくを見て、侵入者は怪しく嗤った。






ぼくは後ろでに拘束されながら玄関ホールに下りた。
ぼくを縛り上げた男は全身黒尽くめで顔にも黒い覆面をしている。えーとまさかだけどその格好で公道通ってぼくの家まで来たわけじゃないよね、ちょっといい加減にしてよ気にしているわけではないけどまた変な噂が立っちゃうじゃないさ・・・!なんて思っていたことを悟られたのか鋭い目で睨まれた。

ぼく達の後ろには同じく、否、ぼくよりも頑丈に拘束された・・・簀巻きにされたA君がしくしく泣きながら引きずられている。
どうやら良くわからない正義感を発揮して精一杯の抵抗を試みたようだけど、明らかに相手のほうが一枚も二枚も、桁が違う枚数上手だった。

ぼくにはいざと言うときの防御策が用意されていた。
それをすることを出来たのだけど、あの懇願されるような涙で揺れる瞳でガン見されてしまうと・・・・・

しかたなく両手を頭の横に上げてしまった。
ぼくって優しいご主人様。ここら辺でお株を上げておこうなんて考えてなんかないんだからね!
なんてくだらないことを考えている場合ではない。

あっさりと捕まった当主に侵入者たちは気を抜くほどではないが、その表情には嘲嗤の色が見え隠れしていた。

まさか天下のデーデマンに押し入る奴等がいるなんて思わなかったんだもの!!良い意味でも悪い意味でも。
しかし今はその天下を陣取る為の面々が綺麗に失せている。

悪いことって、こうも連続するものなのね・・・

「さて、御当主様には我々にご同行願おうか」
「えーと、できればお断り・・・あーーー!できませんよねえ!!!」

丁重にお断りしようとしていたところ、ぎろ、と睨まれた気配を察し慌ててぼくは訂正する。

「旦那様・・・っ!」

彼らの後に付いて行こうと背を向けたぼくをBくんが必死な声で呼ぶ。

「大丈夫だよ、ぼくたちには最強がついてるでしょ?」
ついでに最恐も最凶も最狂も。と声を出さずに呟いてみたら、なぜかBくんは納得したような顔をしていた。微妙に顔が青いけど。

皆ににっと笑ってから屋敷を出る。

「素直なもんだな」
ぼくの傍らに立つ男がにやりと笑いながらぼくを見下ろしてきた。
「ぼくは利口だからね」
「だが、ここらから少し眠っていてもらおうか」

首筋に何か筒のようなものが押し当てられた。
プシュっと空気が弾けるような小さな音とともに、ちくりと感じる。
「あっ・・」

「なに、目が覚めればすでに到着しているさ。」


くらりと揺れた瞬間、全てが暗く。















「ただいまかえったぞー」
両腕に大きな荷物を抱えているというのに、勢い良くドアを開け放った。
普段ならば、いつも元気な使用人ズが騒がしく迎え入れてくれるというのにこれはどういうことだろうか。

あまりに静かな屋敷に、デイビッドは首をひねった。
「おーい、Aくんー、Bくーん、嬢ちゃんやーい」
小さく呼んでみるも、やはり返事は無い。

し〜〜〜〜ん、

なんて擬音が目に見えてしまった・・・様な気がしてちょっとへこむデイビッド。


まあいいか、といつもの陽気さを取り戻してデイビッドはさっそく買い込んできた食材を厨房に運び込み、冷蔵庫に仕舞い込む。

「・・・・・・、さすがにおかしいか・・・」

ぐっと立ち上がり、厨房のドアから顔を出して辺りを見回してみる。
日常的に騒がしい屋敷だ。特に今日は最強のストッパー・・・火に油を注いでいる気もするが・・・セバスチャンの不在で屋敷が吹っ飛ぶことを覚悟していたくらいだというのに。

静まり返った屋敷の中に、デイビッドの靴音だけが響くのが不思議な心持にさせる。
「おーい、」
誰かを呼びながら屋敷中練り歩き、最後に回った玄関ホールの有様にデイビッドは一瞬動きを止めてしまった。

ごつ、と足に当たったものがあった。
それはデイビッドに文句でも言うかのようにもぞもぞ動き・・・動き?
「ん?」
なんだろうと足元を見下ろしてみるとそこには、蓑虫?

「えーと、なんだ」
なにかのプレイか?と聞いてみると、そのデイビッドのつま先につつかれた蓑虫・・使用人ズの一人Aは反論するかのようにうごうごうねうねと身を動かした。

「うん!楽しそうだな!」

にかーーーっと輝かしい後光を発しながら笑うデイビッドに、Aは反論するようにうごうご動き猿轡をされた口でうーうーと何事か呻く。
「そうかそうか、そんなに楽しいのか?」
もっとと強請られたとでも思ったのだろうか、デイビッドはAを勢い良く転がす。

「そーーーーれ!」
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ーーーー!」
「アホやってる場合かーーーーーーーっ!!!!!」

Aをころころ転がしているうちに玄関の隅で手足を拘束されたBを見つけた。
BはAとはちがいロープ一本ずつでの拘束だ。
B曰く、Bは素直に襲撃犯に従ったため軽い拘束で済んだがAは力の限り反抗した為の蓑虫らしい。これだから、M(疑惑)は・・・と小さくBくんが毒づいていた。





デイビッドに拘束を解いてもらうと、Bははっとしてすばやく電話を手に取った。
コールする先は警察などではなく、セバスチャンの持つ携帯電話の緊急用の番号だった。

警察よりも何よりも、彼が明らかに有能であることを彼らはしっかりと理解していたからだ。






「ところで俺の方はまだ助けてくれないの・・?」
「お前はもう少し反省していろ」

Bは蓑虫状態のAからふんっと顔を背けた。





























「あれ、セバスチャン。君も来ていたのかい?」
きょとん、とした顔でユーゼフがセバスチャンの取り澄ました顔を見つめていた。
「そういうユーゼフ様こそ。」
「僕はちょっと息抜きにね」
けろりと笑うその顔をセバスチャンは煩わしそうな顔で見つめ、そのまま背を向けようとする。

「・・・っあ」
ユーゼフの微かな呟きと同時にセバスチャンの懐が微かに震える。
セバスチャンは数個の携帯電話を使い分けている。ミッドナイトブルーは通常連絡用、レッドは裏(?)用、そして今その震えを止めることなく鳴っているのはメタルブラックの携帯電話だ。


それの意味することは、緊急連絡。

すかさず受話ボタンを押すと聞こえてくるのは焦るBの声。その声はなんとか混乱を抑えたような震えるもの。

「セバスチャン、」
背を向け携帯電話に耳を傾ける彼をユーゼフはやや真剣な声色で呼んだ。

「デーデマンの意識が遠のいて、消えた」

「こっちにも屋敷から連絡があった」
セバスチャンは小さな相槌と共に通話を切り、携帯電話を懐にしまいながらユーゼフに向き直り言った。

「旦那様が何者かに誘拐されたらしい」


おやまあ。
気の抜けた表情と声で、ユーゼフが呟いた。










くらり、と眩暈のようなものを感じデーデマンはゆっくりと瞼を押し上げた。
薄く開けた目で見えるのは、カーテンの締め切られた薄暗い部屋。寝そべったまま部屋を見回してみてもそれは見たことの無い部屋。

ああ、そういえばなんか誘拐だかされちゃったんだっけ。

いまいち真剣に捉えていないのはそれはデーデマンには最強を誇る彼が付いているから。

「目が覚めたかね?」
男の声が聞こえ、デーデマンはそちらのほうに顔を向ける。
そこにはベッドに向いた一人掛けのソファにゆったりと腰掛けた紳士が一人。 薄暗い中でその顔は見える事はないが既にそこそこの歳のように見える。

「あんたは・・・・」
「我が屋敷にようこそ」

笑いを含んだ声に、デーデマンは目を細めて紳士を睨んだ。

「悪ふざけが過ぎると思うよ?」
「序の口であろう、」
彼らには、そう含んだ声。

「まあね、じゃあ競争だね」
君達どちらが、ここまで先にたどり着けることができるか・・・・ね。

にっこりとデーデマンは笑い、紳士も薄く笑みを返した。