きびすを返そうとするセバスチャンに、ユーゼフは笑いながら声を掛けた。 「最近はそんな物騒な話は聞いていなかったんだけどねえ」 「そうだな、そんな輩がいたのなら遠出をするはずがない」 「デーデマンの情報、特に君に関することは極秘中の極秘だろう?なのに君が不在の時を彼らはどうやって知ったんだろうね?」 愉悦を孕んだユーゼフの声。それがセバスチャンを不快にさせる。 「内部から情報が漏れる訳がない。一見ちゃらんぽらんばかりだが厳選された者ばかりだ」 「はて不思議だねえ」 「まったく、やっかいなアクシデントが重なるばかりだな」 「ご愁傷様」 黙れ、と目で言う。 どす黒いオーラを背負うセバスチャンの鋭い視線をユーゼフはやんわり笑って受け流す。 その様にチッと舌打ちをつくが、気を取り直し赤い携帯電話の電話帳からある番号を呼び出す。 「・・・・。ユーゼフ様は、旦那様を追うつもりですか?」 「まあ、ここらで恩を売っておくってのも面白そうだけどね、生憎気配を追うことが出来ないようでね」 「それはよかった。」 残念そうな表情のユーゼフに向かってきっぱりはっきりと本心を告げた後、セバスチャンは呼び出し音を鳴らし始めた電話に耳を傾ける。 その音は直ぐに途切れる。 「ああ、俺だ。分かっていると思うが、屋敷に近づいた輩の消息は掴めているな」 イエスと答えた相手に、データを送信するように命令しセバスチャンは通話を切った。 「この失態、どうしてくれようか」 デーデマンに、と言うよりもセバスチャンに逆らった不届き者にどんな制裁を加えてやろうかと呟き笑う顔はまさしく魔王。 「あ、」 と、間抜けな声を上げたのはユーゼフだった。 「なにか?」 不機嫌そうに聞き、セバスチャンはさっさとこの場を離れたい思いでいっぱいだった。 手筈は整った、さっさと主人の下に飛んでいって制裁を加えたいのだ。 「まあ、気配は追えなくても匂いを追えばいいんじゃないの、って思いついたんだけど。」 「そうですか、勝手にやっててください」 では、とさっさと背を向けてセバスチャンは呼び出しておいたハイヤーに乗り込んだ。 ドアを閉める直前に「じゃー勝手にやっちゃおうかな、アルベルト君デーデマンの使用済みシャツとマリアンヌちゃん連れてきてー」なんて声が聞こえたが知ったこっちゃない。いや、ちょっと気になる言葉も少々あったが(使用済み・・?) 携帯に送られてきた情報を眺めセバスチャンは眉間により一層深い皺を寄せ、怯える運転手にドス黒い目線を向けながらその場所を告げた。 向かう先は・・・・ デレビ越しに映されたその光景を見て唖然としていた。主に、横にいる男が。 デーデマンは呆れた様な顔で男を見やった。 「これ、あんたのせいだからね」 デーデマンの冷えた声に男の肩がひくりと上がった。 これ、とはその惨状。 モニターに移るのはまるで地獄絵図。 もうもうと爆煙と土煙が立ち上り、逃げ惑う人々は正に阿鼻叫喚と言ったところだ。 そしてちらちら物陰や煙から見えるのは巨大な見たこともない生物・・・デーデマンは微妙に見覚えがある様な無い様な・・あまり深くは考えないことにする。ついでにちらつく美しい金髪。もう何も言うまい・・というか言えない、というのが彼等の本心だった。 マスコミのヘリからの中継映像なのだろう、その景色はだんだんと見覚えのある場所へと近づきつつあった。 青い顔をしている男を見上げてデーデマンはざまあみろと笑ってやる。 「それに、そろそろ彼もここへやってくるだろうから、そっちの覚悟もしといたほうがいいんじゃないかな?」 「それはある意味楽しみでもあるんだが・・・・・」 「それはよかった」 答えた声は背後から聞こえた。 締め切られた扉越しに聞こえた男の声はあまり大きなものではなかったというのに、二人の耳には明瞭に届いた。 その直後に、だんっと叩き付ける音が数度部屋に響いた。 セバスチャンが力任せにドアを蹴破っているようだ。鍵はかけられていないのである意味ストレス発散みたいなものだろう。 木片だの何だのを撒き散らせながら哀れに倒れた扉を踏みにじりながら黒い破壊神がそれはもう恐ろしい顔をしながら近づいてくる。 「えーと・・」 「黙っていてください旦那様」 「ハイ」 ギンッと鋭い目を向けられてデーデマンはすぐに口を噤む。その視線はすぐにその横にいる人物に向けられる。 「少し、お遊びが過ぎるのではないでしょうか?大旦那様」 セバスチャンの切れるような視線を受け、青い顔をしていたデーデマン10世はその瞬間「テヘっ」と笑った。一瞬の隙も見せずにセバスチャンが一人掛けチェアをその笑顔に向かって放り投げたのは仕方が無い事だろう。 ぼくとセバスチャンの足元ではセバスチャンによってボコボコにされた哀れなデーデマン10世、つまりぼくの父親が土下座をしていた。 天下のデーデマンの先代の哀れな姿にさすがに引いてしまう。なんだかこの男の遺伝子を継いでいるという事実がやけにむなしい気分にさせる。ああ、でもそれって結構以前、って言うか物心ついた頃にはすでに感じていたっけ!それこそ虚しい事実な気がする。 「まったく厄介なことをしてくれましたね、大旦那様。この街の惨事をいかがするおつもりで?」 いや、でも、ここまでの大事になるとは思ってなくて・・・と言い訳する父親をセバスチャンは即瞬殺、の勢いで黙らせる。 さすがぼくの執事。逞しくてなによりだよ・・・。 そしていつの間にかやって来たのか・・・・って言うかどこから入ってきた!? 遅れてやってきたユーゼフはそれをにこにこと見つめている。 「やあデーデマン、無事だったようでなによりだよ」 と、相変わらずの笑みを浮かべてぼくの頭をやさしく撫でる。 彼のぼくに対する扱いは相変わらず子供に対するものなのだけど、それも慣れというもの。 むしろ怪物的長寿らしい彼からしてみればぼくなんて赤ん坊と同じような幼さにでも感じているのだろう。 「なんとかね、バカ親父のお遊びだったらしいし」 それにしても被害は甚大すぎるけど。 この享楽主義には溜め息が尽かない・・・・なんてことをぼくも使用人たちから思われているようだけど。 「ところでデーデマン」 くるーりと背後を振り向き、ユーゼフは哀れに地に伏している父親を見下ろした。 ユーゼフの顔を見た瞬間にひぃっと声を上げた父親に一体彼がどんな形相をしているのだろうと小指の先ほど気になるが、知らないほうが良いことは世の中にはごろごろと小石のごとく転がっている。 彼の七不思議もその一つと考えているのでぼくは気にせずつとめ、ユーゼフの後姿、さらさら揺れた金髪を黙視するに止めた。 っていうかセバスチャンさえも若干顔を青くしているし。 これを知ったらきっと明日の日の目を拝めない。 というわけで全力でスルーだ。 「まったく所在の感知が利かなかったよ。まさか君に出し抜かれるとはね、一体どんな魔法を使ったんだい?」 ファンシーなイメージが多い魔法と言う言葉もユーゼフにかかれば残酷な黒い儀式しか浮かばない。 これってある意味イメージ的には弊害をもたらすよね。 「昔ユーゼフがわしにくれたんじゃよ。特別大出血だとか言って輝かんばかりの笑顔のユーゼフとその後ろの積み上げられた致死累々を見た時は、「わし、今地獄にいるの?」と生きた心地がせんかったわい」 これ、と呟いて父が懐から取り出したのはなんだか陰気なオーラを醸し出す古い紙切れ。 汚れた紙にはびっしりと解読不能な文章と奇妙な記号が赤いインクで書かれている。 血、血文字? 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 そういえば、とぽんっと手を打ったユーゼフに対し一斉に彼に向かう視線とお前の所為か、との心の叫びによってこの部屋が大爆発に見舞われたのは仕方が無いこと・・・・・ 「それよりさあ、どうしてくれるのよ。あの街の大惨事。」 「・・・ああ、そういえばここにたどり着くまでに一波乱あってねえ」 のほほん、と言葉を返したユーゼフにぼくは頭を抱えた。 街の人たちにとっては一波乱どころか世界の終焉を垣間見ただろうよ! 「とにかくなんとかしてくれないと、いい加減フラン○フルト追い出されるよ」 今までだって何かと問題があったけどなんとか穏便に済ましてきたというのに。(主に権力、財力、恐怖によって) ユーゼフだったらちゃっちゃとできるでしょ?と目線をやると彼は爽やかににっこりと微笑んだ。 腹立たしい! 「でも今回はデーデマン家にも責はあると思うんだけどねえ・・」 「あれは大旦那様の悪ふざけ、ここまで自体を最悪の方向に持っていったのはユーゼフ様でしょう?」 「うーん、まあ確かに今回の街の被害はちょっと甚大すぎたかな?」 言い方が軽いけど。 「ああ、ごめんごめん。」 ぼくの心の呟きに律儀に謝るユーゼフ。 「旦那様はそちらで黙っていてください」 言外に邪魔だと言われてしまった。 ぼく、黙っていたけどね! 「じゃあご近所さん割引にプラスして・・・・」 こんな具合でどうかな。とセバスチャンに囁くユーゼフにセバスチャンはもちろん1も2も無く・・ 「乗った。」 じゃあ、手筈通り・・・迅速に処理する・・・などと黒い何かを背負いながらくつくつ笑いあう二人にぼく達親子は恐れ慄きながら部屋の隅っこでひしっと抱き合っていた。 その後ぼく等の様子に気がついた二人が父を蹴り飛ばしていたけど、まあそれはどうでもいいや。 泊まってく?なんて暢気に聞いてくる父にセバスチャンが(会心の)一撃を食らわした後、ぼくはセバスチャンの寄越したハイヤーに彼と二人乗り込んだ。 ユーゼフはいつの間にか姿を消していた。 「準備があるからね」 とにっこり言っていたが、なんの準備かは聞けなかった。 その言葉に微笑みながら頷いたセバスチャンにも。 薄いカーテンとウィンドウの向こうには見慣れた別宅から屋敷までの道のり。 まあ今回はちょっと瓦礫が多いけど。 「旦那様?」 流れる景色を見ながらぼーっとしていたんだろう、そんなぼくを気遣うかのようにセバスチャンがぼくの顔を覗き込んできた。 「お疲れになりましたか?」 「ううん。結局別宅でお茶してただけだからね。大して・・・・」 「そうですか、では・・・」 にっこり、と普段に無く麗しく微笑んだセバスチャン。 しかしその裏にあるであろう黒い何かに背筋が凍った。 「セ、セバスチャ・・」 「ならば帰宅後には今日遣り残した仕事が待っていますよ。よかったですね、丁度ブレイクできて。全ての書類を処理するまで、休憩無しでもいけますね」 「ちょ、ちょっと・・!」 あわあわと首を振るぼくを見つめ、セバスチャンはにやり、と笑った。 美しい洗練された貌の、鋭い光を放つ冷えた青玉の瞳。 その瞳の先のぼくは、 暗転。 すとんと落ちるように意識を失った主人をセバスチャンは苦笑いして見つめた。 凭れて来る小さな体は力が完全に抜けているようでずしりとした重みを感じる。 まあ体格はセバスチャンに比べればかわいそうなほどに華奢だ。 しかしこの小さな体にフラン○フルト一の地位を背負っているのだから、わからないもの。 真っ青な顔のまま意識を失っているデーデマンの頭を自分の膝に下ろし、彼が窮屈でないように寛げてやる。 寝息は小さく安らかで子供のような顔の主人を愛でる様に見つめた後、些細な揺れも許さないとルームミラー越しに運転手とやり取りをする。 柔らかな栗毛を撫でて、指に絡ませる。 「まったく、今回ばかりは肝が冷えましたよ」 息を吐くように呟いた後、白い頬を撫でながらセバスチャンは身を屈ませた。 そうして。 一日にして元の姿と喧騒を取り戻したフラン○フルト。 先代デーデマンが真っ白になっていたり、多くの人がある一日の記憶があやふやだったり欠落していたりなどの障害がでたりもしたけども、そんな些細なことを気にする必要は無い。 (その日一日のテレビの放映情報も映像媒体もまるっと姿を消したそうだが・・・・) とりあえず、一部を除きフラン○フルトは今日も平和である。 「いやまあ、平和に越したことは無いんだけど、」 「旦那様、手が止まっていますよ」 「だって帰ってきてから不眠不休・・・」 しかも帰ってきたときにAくんに食らわされた喜びのヘッドアタックの所為で腹部が未だにしくしく痛む。 「なにか?」 「な、なんでもないです・・・・」 「あとあの二束が終わったらノルマ達成ですよ、ほらがんばってください」 そう言ってセバスチャンはぼくの頬から顎までをするりと素手で撫でた。 「うう・・・」 むぅ・・っと頬を膨らませて涼しげな顔のセバスチャンを見上げると、彼はやれやれと額に手を当てて首を振る。 なにそのダメな子に対するかのような反応。失礼な・・・。 「全て終わりましたら俺と一緒に休みましょうか」 息がかかるほど、近くに寄せられた美貌が艶やかに微笑んでそう言った。 「え、」 「俺もさすがに疲れましたから。」 そう言ってそのままぼくの頬に優しく口付けられ、セバスチャンに約束ですよ?と耳元で囁かれれば、ぼくが何も言えなくなったのは言うまでもない。 end 松本勇輝様のリクエスト「セバスチャン出張中に誘拐されるデーデマン! そのとき使用人達とついでに向かいの厄介人はどうする?! セバスチャンは主の危機を察知することが出来るのか?!」 リク内容に添えているかは微妙な感じですが・・(うーむ; 以前誘拐ものは書いているので今回はテイストを変えて明るめなお話しにしてみました 書いてる本人はヘイヂのくだりとかデイビッドの蓑虫ころがしとかが楽しかったです まったく下らない事ばかりに力入れまくりました(アフォー・・・ っていうか、あれ、使用人ズは結局セバしか活躍してなくn(ry なんかもう、時間がかかりすぎてたじたじになりながら書いたおかげで繋がりがいまいち微妙なところがあるかもしれません・・・ しかもちびちび書き綴っていた所為でやけに長くなってしまいました リク小説でまさか2pも書いちゃうとは;; えーまあ、かんな感じになりましたがどうでしょうか? 返品可ですのでなんかあったら言って下さい ではでは、ありがとうございました! 20100107 背景画像はNEO HIMEISM様からお借りしました ← |