「ねぇセバスチャン?」 大きな瞳を多大な期待と少しの羞恥に潤ませて、自分よりもはるかにデカイ俺を見上げてくる姿は、長年仕えてきた俺でも理性を限界に追い込む。 女子供も顔負けなほどの柔らかな頬に指を這わせると、くすぐったいのか目を瞑った。 「今日はいい子でしたね。そんなにご褒美が欲しかったんですか?」 「う……。だ、だったら何だって言うの?」 「いいえ? さぁ、ご褒美の時間ですよ?」 真っ赤になった顔で睨み上げてくる。 華奢な顎を持ち上げて、への字に曲がった愛らしい唇に自分のそれを重ねつつ、旦那様の服のボタンに手を掛け―― 「へぇ? ご褒美タイムなんてあるんだ。家でも取り入れようかな〜」 向かいの変人は昼夜問わずに屋敷に出没。 長年、飽きることなく旦那様にちょっかいを掛けてくる。 その度に俺のこめかみが青筋を立てることを知っててやる男だ。 「ゆ、ユーゼフっ?! どうして僕の部屋にっ!!」 「ん? あぁ、それはね。執事の皮を被った狼に好き勝手させないためにだよ」 「はぁ? 訳分かんないこと言ってないで早く帰んなよ」 「そうですよ、ユーゼフ様。断りもなく人の寝室に入ってくるなんて無作法もいいところ。早々に墓場にお帰りください」 「生憎と今は墓場には住んでないんだよね〜。いやー、あそこってさぁ――」 墓場の住み心地について三時間ほど語られてしまった。 コイツに嫌味も威圧感も効かないのが歯がゆい。 どうしたら、あの世に引越ししてもらえるか……。 長年考えているが、未だに答えが出ない。 向かいの厄介者は、どっかの隠し扉の奥から見つけた謎の壷を渡してお帰り願い。 昼時も過ぎたので、旦那様を小脇に抱えて食堂へと向かった。 食堂では、Bがディビットに抱きついていた。 ユーゼフ様が来てたからな……。 Bも哀れなものだ。 「ほ〜ら、旦那。特大チョコレートパフェだ。糖分控えめなのにしっかり甘いぞ」 手際よく旦那様の前に出された器には、吐き気がしそうなほどの甘ったるい匂いをした超特大パフェ。 どう考えたって旦那様の身体よりもデカイそれに、当の旦那様はキラキラと目を輝かせた。 この人の甘い物好きもどうにかならないものか。 「お、美味しそうっ!!」 「もちろん。さぁ、食べてくれ!」 「いただきますっ!!」 大き目のスプーンで自分の口に入るか、という量を掬って食べる旦那様の頬には、真っ白なホイップクリームが。 拭ってやろうとハンカチを取り出すが、ちょうど旦那様の向かいでその姿を眺めていたコックがその手で拭ってぺろりと舐めてしまった。 ちっ、忌々しいコックがっ!! それは俺の役目だっ!! 更に忌々しいのが、コイツはデーデマン家のキッチンを一手に担っている事だ。 執事の仕事をしながら、使用人達の食事まで用意する事は容易ではない。 コイツがいることで旦那様と二人っきりの時間を持ち易くなったのも確か。 おまけに、使用人達はコイツに懐いている。 葬ってやりたいのに葬れない、この葛藤。 苛立ちを助長させるのに一役買うのは当然の事だ。 とにかく、連中が居るといい事が何一つない。 そんな俺のイライラ具合を悟ったのか、旦那様は逃亡もせずに大人しく仕事をなさるもんだから、椅子に縛り付ける楽しみも減った。 おまけとばかりにあの奇妙生物は、廊下で擦れ違ったときに腹の立つ笑みを浮かべやがって。 あぁ、腹が立つっ!! 朝、いつも通りに旦那様を(文字通り)たたき起こし、朝食を強制的にとらせた後。 いつも通りに椅子に縛り付けようと思ったら、すんなりと執務室へ向かってくださった。 そして、旦那様の唐突な発言もいつもの事。 もっとも、その内容こそが突飛だったのだが。 「慰安旅行、ですか?」 肘を突いてクルクルと羽ペンを回しにこにこと姿は、頭の切れる印象を強くする。 だと言うのに、この人はまたサボりについて頭を使っているのか……。 「うん」 「では、こちらの書類まで終わらせていただいてから……」 俺が指差したのは三年先の案件が詰まれた山。 当然、泣き出すだろうと思っていたのに。 「ダイジョーブ」 「は?」 「五年先の案件まで、昨日の夜に終わらせといたから」 ニッコリ。 やる気を出せば、五年先の案件までを一晩で終わらせられるのか、この人は。 昨夜、夜這いをかけようと思い立って部屋に行けば不在で、居場所を探そうとした俺に珍妙奇天烈な生き物と向かいの厄介者と、忌々しいコックが総出で襲い掛かってきたときには、通りごと木っ端微塵に吹き飛ばしてやろうかと思ったのに。 その間、旦那様は仕事をされていた、と? 俺の苦労はなんだったんだっ!! 「……つまり、決定なんですね?」 「うん、決定♪ 因みに、参加者は僕とセバスチャンだけだから」 溜め息を溢した俺に怯みもせずに、旦那様は笑った。 困ったな。 ストレスが耳に出始めたか……。 それとも、毎日の騒音爆音、その他もろもろで鼓膜がやられたか……。 旦那様は今、何と仰られた? 「…………は?」 「だぁかぁらぁー、僕とセバスチャンだけで慰安旅行!」 それは、慰安旅行ではなく、唯の旅行では。 旦那様の思考回路は毎回毎回、ほんっとうに読めない。 安直な人かと思えば複雑な事を言い、複雑な人かと思えば簡単な事に引っかかる。 唯の馬鹿かと思えば天才肌を見せつけ、かと思えばいつもの愚行を犯す。 これだけ、内面の攻略が難しい人間も早々いないだろう。 そういえば、大旦那様も色々と面倒くさい人だった。 デーデマン家の血筋、か? 「最近セバスチャン、イライラしてたでしょ? いつもヘイヂやユーゼフがちょっかいかけてくるからさぁ」 それだけじゃないんですがね。 まぁ、コックについては対応の余地ありと言う事で保留だな。 作る飯のレパートリーは豊富だし、そもそも、居なくなったらBが本格的に壊れる。 「ユーゼフは買収済み、ヘイヂはユーゼフに捕獲されて向こう三ヶ月は帰ってこないだろうね。さすがに、屋敷をすっからかんにするわけにはいかないから、A君たちは入れ替わりで旅行に行ってもらおうと思ってるんだぁ。因みに、僕達が居ない間はヨハンがその手腕を振るってくれるから」 完璧なる確信犯。 そもそも、あの向かいの厄介人は単細胞生物(←単純、というよりも、生命学上?)で買収されるほど安いのか? それなら、屋敷内に有り余るほどある皮とセットで向こう百年ほどくれてやるのに。 「何日のご予定で?」 「あんまり長く不在には出来ないからね。一応一週間だよ」 一週間か……。 確かに、でかい仕事もなく、珍しいほど今週は暇だ。 旦那様によからぬ事を企む不届き者は先週殲滅済みだし、デーデマン家に仇なす者は三日前に没落させてやった。 侵入者排除用落とし穴は、今日も絶好調で稼動しているし、押し入り強盗はマイヤー女史に切り刻まれるだろう。 ツネッテだって、最近はメキメキ腕を挙げている。 心配する事は何もないな。 「分かりました。では、支度をしてまいります。出発は何時ですか?」 「セバスチャンの支度が終わり次第」 旦那様の言葉の通り、俺の支度が整ったら、既に門の前に馬車が止まっていた。 一体何時の間に呼んだのやら。 こうして、俺は旦那様と一週間。 デーデマン家所有の常夏の島にて、のんびりと二人っきりで過ごす事になったのだった。 「――――で?」 「……さすがに、僕もここまでは想像してなかったなぁ……」 帰ってきてみれば、既に屋敷は跡形もなく、何故か屋敷跡地で奥様がリオのカーニバルを引き連れ、サンバを踊っており。 使用人たちは何処へ行ったのかと思えば、大旦那様の所有する別宅に世話になっていて。 向かいの屋敷からはあいつの皮と魔物が溢れかえり。 フラン○フルトは未曾有の大混乱となっていた。 これでまた、向こう一ヶ月はほぼ禁欲生活決定。 「旦那様」 「なぁに、セバスチャ……」 あぁ、見上げてくる姿は相変らず、可愛らしい。 たとえ、その顔が正しく顔面蒼白となっていても。 たとえ、その大きな瞳に隆々と涙を溜めていても。 「フラン○フルトを、国家規模で消滅させても……?」 「だ、駄目ーっ!!」 時には、愛しい人に泣きつかれても、殺らねばならぬこともある。 結局、旦那様は俺をはじめ、使用人全員に特別手当を出してくださった。 ユーゼフ様は無償で周辺地域一体の修復を行ない、大旦那様と奥様には向こう一年フラン○フルトから締め出しをくらわせ、ヘイヂは当分ユーゼフ様宅でペット扱い。 束の間の穏やかな生活(?)は、もう少しの間だけ続きそうだ。 ※※※あとがき※※※ あぐっ、な、なんと中身のない…… そもそも、リクエストに沿っていない気がして止まないのですが。 こんなんできちゃいました(泣) リクエストを頂いてからどれだけ経ったのか。 振り返るのが恐ろしいくらい、時間を頂いてしまいました(滝汗) 久しぶりに戦セバを打ちましたよ(苦笑) どうも、セバスチャンが唯の変態くさいだけの話になってしまいましたが、こんなもので宜しければ、お持ち帰りください。 もちろん、お持ち帰り後は好きにしちゃってください! では、ミケ様、大変お待たせしました! これからも、MIX TIMEをよろしくお願いします^^ +++ 松本様にリクエストして書いて頂きました! 素敵なセバデーv小説です!!! 最初のセバスチャンの「ご褒美」発言読んだ瞬間に、まるでA君の如く身悶え始めた私・・・・・・・・・(リアルに。 結局読み終わるまで悶えてました。 よ、夜這い!セバスチャンが夜這い!! 余裕の無いセバスチャンおいしゅうございました。ほんとご馳走様です セバスチャンとの時間の為に寝穢いデー様が徹夜でお仕事するなんて、なんていじらしいの!萌え! 素敵セバデー小説、本当にありがとうございました! こちらこそこれからもよろしくお願いします。っていうかつきまといます←・・・ 20100412 gift |