その日のおやつは、いつもと違っていた。 「HEY!旦那!」 大層な音と効果(なんの?)と共に部屋に訪れたのは、久しぶりの新顔だというのに早くもこのハチャメチャな屋敷に馴染みつつあるコックのデイビッドだった。 ぽかん、と見つめた白衣が眩しいコックの手には一枚のお皿、その上には蕩けそうな甘い匂いを漂わす生クリームたっぷりのケーキがちょこんと鎮座していた。 「デイビッド・・・?」 せめてノックはしようね、とぼくが力ない声で言う前に彼はにかーっと輝かんばかりに微笑み、その言葉を飲み下せてしまう。 「旦那のおやつを持ってきたぞ!さあ、遠慮なく食してくれ!」 「おやつ?」 午後の甘味はいつもセバスチャンが用意していたはすなのに、何故今日は彼が・・・ と考えを巡らしてみると、そういえばセバスチャンには他の仕事が任されており今日は一日外出をしていたことを思い出した。 一日で一番楽しみな時間だというのに、なぜか寂しい気持ちになってしまう。 「ハニーからレシピを貰って作ったんだが、俺なりに色々と手を加えてみた!」 おちゃらけた様子でもデイビッドの腕は一流だ、それはぼくを含め屋敷の皆や(なぜか)向かいの屋敷のユーゼフなど周知の事実。 それでも、なんでよ、と心の中で毒づいてしまう。 ああ、嫌だ。 何でこんななんだろう。 セバスチャンがいないだけでぼくはこんなにも余裕をなくして、陰険なことばかり考えてしまう。 ぼくは持っていたペンを静かに置いて、デスクからデイビッドがセッティングしているテーブルに向かった。 若草色の皿の上には、ベリーが使われたシフォンケーキがあって、白い生クリームがふんだんに使われている。添えられている深い色のラズベリーにぼくの食欲が刺激される。 皿と同じ色のカップに紅茶が注がれ、爽やかな匂いが湯気と共に立つ。 「ありがとう、デイビッド」 温かい香りにささくれ立った気持ちが落ち着いてくる、ほんの少しでも不満を持ってしまったことに対してかすかな後悔が押し寄せてきた。心の中で、小さく謝っておこう、ごめん、デイビッド。 銀色の小さなフォークでシフォンケーキを割ってみると、それはふんわりと割れて、甘い香りが一層立ち込めたような気がする。 クリームを乗せて、一口。 「おいしいよ、」 傍らに立ったデイビッドを見上げて言うと、彼はにっこりと笑った。 「そりゃよかった!」 太陽みたいな笑みにぼくの心もからりと晴れる。でも、やっぱり微かな違和感を感じて。 「お?」 「え?」 「いま、ハニーの気配と匂いを感じたような」 (匂い!?) 目を細めたデイビッドをちらりと横目で見て、ぼくはケーキを味わうことに専念するか、それともデイビッドの言うことを信じてセバスチャンを出迎えに行くか悩んでしまう。 仕事に疲れた脳が糖分を欲している、でも、あああ、どうしよう・・・ 「・・・・、デイビッドってほんとセバスチャンのこと好きだよね」 「ん?そうだな、だが・・・」 デイビッドを遮るように、乱暴なノックと共に扉が勢い良く開け放たれた。 「ただいま戻りました」 ドアの隙間から黒い髪がほんのちょこっと見えただけで、ぼくはどきりとする。 「おかえり、セバスチャン。お疲れ様」 紅茶をこくりと飲んで口の中を潤した後に、ぼくはセバスチャンにいたわりの言葉をかける。 「思ったより早かったね、帰りは明日になるかと思っていたけど」 まあ、セバスチャンは有能だから。と自己解決する。 「ハニーお帰りの抱擁」 「いらん」 輝かしい笑顔で腕を大きく広げているデイビッドをセバスチャンはすっぱりと一閃し、やや疲れたような顔でぼくの隣りにどさりと腰掛けた。 「セバスチャン?」 ふう、とため息をついてからセバスチャンは顔をデイビッドの方へ見上げるように向けた。 ちょっとちょっと、ぼくは無視? 「デイビッド、俺の分の紅茶も頼む。その後は持ち場に戻れ、そろそろ夕食の支度に取り掛からねばならんだろ」 そっけなく言った後に、セバスチャンは背もたれにずしりと寄りかかった。 ちょっとではなく大分お疲れだったみたい。 セバスチャンに渾身の紅茶を入れた後、デイビッドは少し寂しそうな背中で退室していった。 その後廊下から元気の良すぎる笑い声が聞こえてきたけど、最近彼も分からなくなってきたもんだ。 それを遠い顔をして聞き流しながらセバスチャンは静かに紅茶を啜る。 「セバスチャン、ケーキも食べる?」 甘い物って疲れた時に良いし、と言い終わる前にぼくの口は塞がれていた。 出かかった言葉は隙間も無いほどに近づいたセバスチャンの口の中に消えてしまって、その代わりにと言うようにセバスチャンの舌がするりと忍び込んできた。 「っん・・」 ぬるりとした肉厚のそれは口腔内を余すこと無く嘗め回していき、そしてぼくの舌にも絡んだ。 深い、交わる唾液が唇から垂れて喉を伝いそうになる。 セバスチャンはそれをいつの間にか手袋を外した手で、服に落ちる前に拭ってくれた。 そのぬるりとした感触にも体が震える。 「甘い」 掠れた声が、言った。 セバスチャンはちょっと苦い、多分先ほど飲んだ紅茶の苦味だろう。 きっと、それは舌の先で中和されていく。 いつの間にかぼくは長椅子に寝そべるように背中を預けていた、セバスチャンが覆うように覗き込む。 「出張はそんなに大変だった?」 いつもと違うセバスチャンを見上げて問いかけると、彼はぼくの頬に擦り寄ってきた。 艶々の黒髪がくすぐったい。 「仕事はなんてことはありませんでした、それよりも屋敷から離れたことに対してストレスを感じましたね。」 笑うような声で言う。 ああ、まあそうだよね。 セバスチャンのいない屋敷は危険すぎる無法地帯になる。 セバスチャンが出かけている隙に屋敷が廃墟同然になるのはよくあることだ。 「あなたが見えないとどうも落ち着かない」 「・・・。ぼくも、」 感じていた違和感や、寂しさを、同じような感情をセバスチャンも感じていてくれていた。そういうことなのだろうか。 「今日は、」 手をセバスチャンの胸元に、糊のきいたシャツを握り締めた。 あとで皺になったと怒られるかもしれないけど、まあいいや。 「今日はずっと一緒にいてね」 「おおせのままに」 ぼくの子供みたいな言いように、彼は苦笑いして(その顔は見えなかったけど、近すぎて)また唇でぼくの顔中を擽った。 近づく首筋、襟元から甘くは無いフレグランスが香る。 でもそれが、ぼくを甘く蕩かしていく。 ***** まず、謝らせてくださいーーーーーーー! ほんっとお待たせして申し訳ありませんでした! 亥束様からリクエストいただいたセバデー小説です 甘く、とのことでしたが ど、どうだろう、甘くなってるかな・・ こんな感じになりました 苦し紛れすぎる後半の甘々・・・ 返品可ですorz お持ち帰りはリクエスト者の亥束様のみでお願いします 背景画像はNEO HIMEISM様からお借りしました 20090615blogup 20091220転載 back |